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パウルクレーの水彩画(1)若き日のクレーの絵 [絵]

パウル・クレー(Paul Klee、1879年 - 1940年61歳で没)は20世紀のスイスの画家、美術理論家。詩人。
父は音楽教師、母も音楽学校で声楽を学ぶという音楽一家であった。クレー自身も早くからヴァイオリンに親しみ、11歳でベルンのオーケストラに籍を置くなど、その腕はプロ級であり、1901年に結婚した3歳年上の妻もピアニストであった。
9歳の時のスケッチが残っているが、見事な絵である。気のせいか、後年の彼の絵の配置、余白の妙を想起させる。とは、言い過ぎか。(「クレーの食卓」林 綾野他2009 講談社)。たぶん画家になろうか音楽家かと、贅沢に悩んだのであろう。

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同時代の野獣派で「色彩の魔術師」と言われたラウル ・ディフィ(1877-1953)に育った音楽環境が似ているが、より本格的だ。勿論絵に音楽が込められていると評されるのは二人に共通している。
クレーは、ワシリー・カンディンスキーらとともに青騎士グループを結成し(ただし公認メンバーではなかった)、バウハウス(ドイツの工芸学校)でも教鞭をとる。
その作風は表現主義、超現実主義などのいずれにも属さない、独特のものである。したがってクレーの絵画の一面を見て、抽象画家とかメルヘン的幻想主義作家とするのは間違いだろう。クレーはクレーであり、どの主義にも属さない作家である。
まことにクレーは孤高の画家の称号が一番似合うかもしれぬ。

画家は皆最初は素描から出発するのだろう、パウルクレーでさえ、若い時の幾つかのやや暗いモノトーンながら具象画が残っていて面白い。
「Portrait my father 」(1906 )
「Untitled 」(1906 Pencil and Watercolor on paper )いずれも27歳の時のもの。
「Flower stand with watering can and bucket 」(1910 watercolor on paper on cardboard )
クレーは、1914年アフリカのチェニスに旅行、アフリカの光と色彩が彼を捉え、絵に大きな変化が訪れたと言われるのは、今では異論が多いそうだが、次の二つの水彩画はそれをよく表しているのではないかと思う。異論に異論をとなえたくなるほどだ。
「Before the Gates of Kairouan 」(1914 watercolor on paper on board)

「Garden in Saint -Germaine ,the European quarter of Tunis 」(1914 Watercolor on paper on cardboard )

クレー若き日の名作は多い。あの船乗りシンドバッドのような絵も若い時に見て、じぶんなりに強い印象を受けたことを覚えている。

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「Battle scene from comic fantastic opera "The Seafarer"」(1923 Oil transfer drawing,pencil,watercolor and gouache on paper)詩人谷川俊太郎は、この絵を見て詩をつけた。
「幻想喜歌劇「船乗り」から格闘の場面」
それはいつかどこかで
ほんとうにおこったたたかい(中略)
なまぐさいくちのなかへ
まるごとあなたはのみこまれる( 1995「クレーの絵本」谷川俊太郎 講談社)

「The Goldfish 」(1925 Oil and Watercolor on paper on cardboard )
「黄金の魚」
どんなよろこびのふかいうみにも
ひとつぶのなみだが
とけていないということはない(上掲谷川俊太郎「クレーの絵本」より)

この二つの絵もそうだが、周知の如くクレーの絵には、鳥、蛇などの小動物が多い。中でも魚が多い。
子供の時、ナポリの水族館の水槽の前で魚たちの魔術のような美しさにショックを受けた彼は、以来、魚も彼の重要なモチーフの一つとなったという。
 そのときの感想を、クレーは次のように書き記している。
「水族館は非常に面白い。とりわけ、表情豊かに居座っているタコ・ヒトデ・貝といった連中は。それから険しい目つきと巨大な口、ポケットのようなかみ袋を持った怪物どもも。他の連中は、偏見にとらわれた人間のように、耳まで砂に埋もれている。・・・」

これらの絵の変わっているところはモチーフのこともさることながら、油彩と水彩を一緒に厚紙などに描いているところである。クレーはあらゆる画材、紙と絵の具、を使ったことで有名で、油彩画か水彩画かなど区別はどうでもいいと言わんばかりだ。他にもある。
「Bird Islands」(1921 Watercolor and Oil on paper)
これもカンヴァスでなく紙(!)に描いている。水彩と油彩と共存するのか。目から鱗が落ちるとはこのこと。

「Fish Magic,」(1925 Oil and Watercolor varnished)varnishは水彩絵の具に膠かニスのようなものを入れているのか。水彩を使った絵のようには、全く見えない、油彩の光沢を放っている。

画家で自然科学者、音楽家であり詩人でもあるクレーの絵は、テーマだけでなく材質までもとにかく変わって多彩である。超mix mediaだから自分のようなアマチュアには、特に技法の点ではあまり参考にならないように思う。

その典型のような絵がある。
「Glance of a Landscape 」(1926 Transparent and opaque water color sprayed over stencil and brush applied on laid paper ,mounted on cardboard )
題は「風景の概要(一瞥? )」 とでも訳すのか 。 透明と不透明の水彩絵の具を吹き付けているらしい。transparent (透明)and opaque (不透明)water colorは透明水彩とグヮッシュとどう違うのか。素人にはお手上げだ。stencilは謄写、cardboard は段ボールか、とにかくわけの分からんものを貼り付けたりして、その上にいろんなもので描いているらしい。
Newsprint 新聞紙、布やgauzeガーゼなどもある。通常のキャンヴァスに油彩で描いたものはむしろ少ないのではと訝る。

有名な「Head of Man, Going Senile(senecio) 」(1922 oil on gauze )はガーゼに油絵の具。
なお、セネキオ は野菊 とか。「さわぎくの花のヴィジョンがクレーの心の中でこんな無邪気な少女の顔に変形(メタモルフォゼ)したのか? それともSENECIO セネシオというラテン的な花の名は、この少女の名なのか?」(1959「現代美術クレー」片山敏彦・みすず書房)

クレーの絵は、小さい絵というのも特徴のひとつとされるが、例外もある。
タテ・ヨコともに1メートルを超える「パルナッソス山へ Ad Parnassum 」(1932 oil on panel 100 ×126cm)。

「パルナッソス山」というタイトルは、18世紀の音楽書「パルナッソス山への道」に由来すると言われている。パルナッソスはギリシャの山で、古代神話では音楽と詩の聖地とされていて、いかにもバイオリニスト、クレー好みの題材。
「大胆な三角形はパルナッソス山、赤い円は太陽だというくらいは自分にも分かる。しかしクレーは、この絵でポリフォニー(多重音楽)と対位法(異なる旋律を組み合わせる技法)という音楽のアイディアを表現しようと試みたのだと解説書にあり、水平に幾層にも描かれた細かい描点で音楽のリズムを表し、ファーストウオッシュがそれぞれ、微妙に調和し、また互いに集合離反しながら美しいハーモニーを奏でているのが感じられると、いわれても、音楽に超、疎い自分にはギブアップだ。わかるのは緻密な階調が美しいというくらいだ。しかし美は乱調にもあると言った人もいる。

晩年のクレーの絵については次回(2)で。

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