オディロン・ルドンの水彩画 [絵]
オディロン・ルドン(Odilon Redon)は、自分より丁度100年前、1840年フランスボルドーの生まれ、 1916年感冒をこじらせ76歳で亡くなる。
印象派の画家たちと同時代であり、象徴派とも言われるが、生涯幻想的な絵を描き一派とは、かけ離れた特異な作風で知られる19ー20世紀フランスの画家。日本でいえば、江戸時代末期に生まれ、明治時代に活躍したことになる。(没年1916年は大正5年になる)
孤高の画家と言われるルドンを育てた、特殊な環境や成長の軌跡などについて既には多くの人が指摘している。
兄を偏愛していた彼の母親は生まれてすぐに、ルドンをボルドー近郊のペイルルバードへ里子に出す。実質上捨子となり、彼は幼少期をそこで独りぼっちで過ごしたこと、若い頃、妹や弟の死を目にしていること、20歳の頃植物学者アルマン・クラヴォーと知り合い、顕微鏡下の不思議な世界に魅せられるようになったこと、1886年長男ジャンが生まれるが、僅か半年で亡くなったことなどである。
カミーユ・ファルトとの結婚は1880年で40歳のとき、晩婚である。この年初めて画家はパステルの作品を描いたと言われる。1889年次男アリが生まれ幸福と安寧が訪れる。
そして1890年頃、50歳を過ぎてから、それまでの黒を基調とする多くの作品と打って変わって、作品に豊かな色彩を用いるようになる。画家の転機が結婚と家族を得たことであろうことは疑いないが、この10年間に画家にとって何が直接の具体的な触媒になったのかは興味深い。油彩と異なるパステルの特性もあるように思う。水彩画も程度の差はあっても似た役割を果たしたのではないか。
ルドンの水彩は、パステルと比べると枚数は少ない。特に制作年の判るのは、晩年にあたる1905-14年度頃の数点しかない。
ルドンは油彩、水彩、パステルのいずれも色彩表現に優れているが、やはり、なかでもパステルが一段と鮮やかである。花瓶に挿した花を、非常に鮮烈な色彩で描いた一連のパステル画には圧倒される。
「Figure in Profile人物像」( 1905 水彩)
「Nude,Begonia and Heads 裸婦、ベゴニアと頭」( 1912水彩)
「Dante's Vision ダンテのビジョン」(1914 水彩)
水彩で 制作年が判るのは、あまりなく、代表作のひとつ「蝶と花」も1910-14年頃の作品とされる。 板に水彩で描かれ た22.5×15cm の小さな絵だ。パリのプティ・パレ美術館所蔵。
以下はほとんど制作年不詳である。制作年が判れば、画家の軌跡を辿るのには好都合なのだが、残念。
「Battle of the Centaursケンタウルスの戦い」 (date unknown Pen and Black Ink and Pencil on paper). ケンタウルスはギリシア神話に登場する半人半馬の怪物。watercolor とは書いてないが、勝手に水彩と見たがはたしてどうか。
「Bust of a Man Asleep amid Flours 花の中で眠る男の胸像」(date unknown水彩)
「Leda and the Swan レダと白鳥」(date unknown水彩)レダはギリシア神話に登場する女王。
「Profile プロフィール」(date unknown水彩)
「Strange Orchid 奇妙な蘭」(date unknown水彩)
「The Dream夢」(date unknown水彩)
「Butterflies 蝶」(date unknown水彩)
「Butterflies 蝶」(1913 油彩)同じような蝶の油彩があるからその頃のものか。
「Naked Woman on a Car車に乗った裸婦」 (date unknown水彩)
「The Masked Anemone仮面のアネモネ」 (date unknown水彩)
「The Blessing 祝福」(date unknown水彩)
以下は水彩ではないが、ルドンの素晴らしい絵の一端を。まずは沢山あるパステル画から2枚。
「Portrait of Ari Redon アリ ・ルドンの肖像」(1898 パステル)次男アリ9歳。
表情の乏しい少年と背景の色彩の奇妙な取り合わせが素晴らしいと思う。
「Large Bouquet in a Japanese Vase 日本の壺の大きな花束」(1916 pastel drawing 185.42 ×138. 43cm)最晩年(没年)に描かれた大きなパステル画。多くの花のパステル画は構図が似ているが、色彩が豊か。安定しているがどこか儚さが漂う共通点があると言われる。
「Smiling Spider笑う蜘蛛 」(1881木炭 49.5×39cm )オルセー美術館蔵。よく見ると蜘蛛の口に歯らしきものがある。きみのわるさの中にユーモアもあるのが救い。
「Laughing Spider」 (1881 Lithograph )と題した同じモチーフの絵もある。41歳の時の作品。見るものはニヤリと笑われ、何を笑われたかとたじろぐ。
「The Cyclopsキュクロプス 」(1914 Oil on Canvas 64×51cm )ルドンの代表作。 亡くなる2年前、いわば晩年の傑作。神話に登場する醜悪な一つ目の巨人族キュクロプス、彼が美しいガラテイアに恋をした様を描く。
近年、ギュスターヴモローの「ガラテイア」 (1880 油彩 85.5×67cm )オルセー美術館との関連が指摘されているというが、ルドンの巨人の愛らしく可愛げ、かつ悲しみに満ちた目は秀逸。一度見たら忘れられない。
「Portrait of Paul Gauguinポール・ゴーギャンの肖像」( 1903 Oil)は、ルドンが評価し、交友もあって敬念も抱いていた後期印象派の巨匠ポール・ゴーギャンが1903年に死去したという訃報を受けて制作された。「3年後に描かれた方は、「Black Profile 黒いプロフィール」(1906 Oil )と黒い肖像と題されているように、2枚ともゴーギャンが黒く中心に描かれ、むしろ背景の方が明るい。画家は何を言いたかったのだろうか。不思議な肖像画だ。
ほかに、画家の転機を探るのに重要とされる「Closed Eyes 眼を閉じて」(1890 油彩44×36cm オルセー美術館蔵)がある。孤独感、不安感、死のイメージなどから解放されたように眼を瞑り、穏やかな表情を見せる女性のやや首をかしげた穏やかさは、確かに長男の死後授かった次男アリが画家にもたらした安穏を見るものに思わせる絵だ。ルドンの絵の精神性の高さを示している絵でもある。
ルドンは、結婚したころパステルを手にし(多分水彩画も含めて良いのだろうが)、鮮やかな色彩の世界へ飛び込んだ。画家の大転換のように見えるが、こうしてその後の作品を見ていると、テーマや求めるものはずっと変らないようにも見える。
繰り返し描いた現実にはいそうも無い、あでやかな「蝶」。蝶は死の象徴とも言われる。膨大な数のこれも華やかな色彩の花のパステル画も、どこか悲しみをたたえているようにも見える。花に自分を捨てた母への思慕を込めていると言う人もいる。
花や蝶の絵で赤、青、黄色のパステルや水彩の色が鮮烈であればあるほど、ルドンの悲しみや精神の深さが強調されるのは不思議としか言いようがない。
黒やモノクロームで奇怪で醜悪なモチーフを追求した若い時の絵よりも、一層死のイメージや悲しみを花や蝶の絵に感じるのは自分だけではないだろうと思う。
誠に深い魅力を持った画家の一人であるとしみじみ感じ入る。
印象派の画家たちと同時代であり、象徴派とも言われるが、生涯幻想的な絵を描き一派とは、かけ離れた特異な作風で知られる19ー20世紀フランスの画家。日本でいえば、江戸時代末期に生まれ、明治時代に活躍したことになる。(没年1916年は大正5年になる)
孤高の画家と言われるルドンを育てた、特殊な環境や成長の軌跡などについて既には多くの人が指摘している。
兄を偏愛していた彼の母親は生まれてすぐに、ルドンをボルドー近郊のペイルルバードへ里子に出す。実質上捨子となり、彼は幼少期をそこで独りぼっちで過ごしたこと、若い頃、妹や弟の死を目にしていること、20歳の頃植物学者アルマン・クラヴォーと知り合い、顕微鏡下の不思議な世界に魅せられるようになったこと、1886年長男ジャンが生まれるが、僅か半年で亡くなったことなどである。
カミーユ・ファルトとの結婚は1880年で40歳のとき、晩婚である。この年初めて画家はパステルの作品を描いたと言われる。1889年次男アリが生まれ幸福と安寧が訪れる。
そして1890年頃、50歳を過ぎてから、それまでの黒を基調とする多くの作品と打って変わって、作品に豊かな色彩を用いるようになる。画家の転機が結婚と家族を得たことであろうことは疑いないが、この10年間に画家にとって何が直接の具体的な触媒になったのかは興味深い。油彩と異なるパステルの特性もあるように思う。水彩画も程度の差はあっても似た役割を果たしたのではないか。
ルドンの水彩は、パステルと比べると枚数は少ない。特に制作年の判るのは、晩年にあたる1905-14年度頃の数点しかない。
ルドンは油彩、水彩、パステルのいずれも色彩表現に優れているが、やはり、なかでもパステルが一段と鮮やかである。花瓶に挿した花を、非常に鮮烈な色彩で描いた一連のパステル画には圧倒される。
「Figure in Profile人物像」( 1905 水彩)
「Nude,Begonia and Heads 裸婦、ベゴニアと頭」( 1912水彩)
「Dante's Vision ダンテのビジョン」(1914 水彩)
水彩で 制作年が判るのは、あまりなく、代表作のひとつ「蝶と花」も1910-14年頃の作品とされる。 板に水彩で描かれ た22.5×15cm の小さな絵だ。パリのプティ・パレ美術館所蔵。
以下はほとんど制作年不詳である。制作年が判れば、画家の軌跡を辿るのには好都合なのだが、残念。
「Battle of the Centaursケンタウルスの戦い」 (date unknown Pen and Black Ink and Pencil on paper). ケンタウルスはギリシア神話に登場する半人半馬の怪物。watercolor とは書いてないが、勝手に水彩と見たがはたしてどうか。
「Bust of a Man Asleep amid Flours 花の中で眠る男の胸像」(date unknown水彩)
「Leda and the Swan レダと白鳥」(date unknown水彩)レダはギリシア神話に登場する女王。
「Profile プロフィール」(date unknown水彩)
「Strange Orchid 奇妙な蘭」(date unknown水彩)
「The Dream夢」(date unknown水彩)
「Butterflies 蝶」(date unknown水彩)
「Butterflies 蝶」(1913 油彩)同じような蝶の油彩があるからその頃のものか。
「Naked Woman on a Car車に乗った裸婦」 (date unknown水彩)
「The Masked Anemone仮面のアネモネ」 (date unknown水彩)
「The Blessing 祝福」(date unknown水彩)
以下は水彩ではないが、ルドンの素晴らしい絵の一端を。まずは沢山あるパステル画から2枚。
「Portrait of Ari Redon アリ ・ルドンの肖像」(1898 パステル)次男アリ9歳。
表情の乏しい少年と背景の色彩の奇妙な取り合わせが素晴らしいと思う。
「Large Bouquet in a Japanese Vase 日本の壺の大きな花束」(1916 pastel drawing 185.42 ×138. 43cm)最晩年(没年)に描かれた大きなパステル画。多くの花のパステル画は構図が似ているが、色彩が豊か。安定しているがどこか儚さが漂う共通点があると言われる。
「Smiling Spider笑う蜘蛛 」(1881木炭 49.5×39cm )オルセー美術館蔵。よく見ると蜘蛛の口に歯らしきものがある。きみのわるさの中にユーモアもあるのが救い。
「Laughing Spider」 (1881 Lithograph )と題した同じモチーフの絵もある。41歳の時の作品。見るものはニヤリと笑われ、何を笑われたかとたじろぐ。
「The Cyclopsキュクロプス 」(1914 Oil on Canvas 64×51cm )ルドンの代表作。 亡くなる2年前、いわば晩年の傑作。神話に登場する醜悪な一つ目の巨人族キュクロプス、彼が美しいガラテイアに恋をした様を描く。
近年、ギュスターヴモローの「ガラテイア」 (1880 油彩 85.5×67cm )オルセー美術館との関連が指摘されているというが、ルドンの巨人の愛らしく可愛げ、かつ悲しみに満ちた目は秀逸。一度見たら忘れられない。
「Portrait of Paul Gauguinポール・ゴーギャンの肖像」( 1903 Oil)は、ルドンが評価し、交友もあって敬念も抱いていた後期印象派の巨匠ポール・ゴーギャンが1903年に死去したという訃報を受けて制作された。「3年後に描かれた方は、「Black Profile 黒いプロフィール」(1906 Oil )と黒い肖像と題されているように、2枚ともゴーギャンが黒く中心に描かれ、むしろ背景の方が明るい。画家は何を言いたかったのだろうか。不思議な肖像画だ。
ほかに、画家の転機を探るのに重要とされる「Closed Eyes 眼を閉じて」(1890 油彩44×36cm オルセー美術館蔵)がある。孤独感、不安感、死のイメージなどから解放されたように眼を瞑り、穏やかな表情を見せる女性のやや首をかしげた穏やかさは、確かに長男の死後授かった次男アリが画家にもたらした安穏を見るものに思わせる絵だ。ルドンの絵の精神性の高さを示している絵でもある。
ルドンは、結婚したころパステルを手にし(多分水彩画も含めて良いのだろうが)、鮮やかな色彩の世界へ飛び込んだ。画家の大転換のように見えるが、こうしてその後の作品を見ていると、テーマや求めるものはずっと変らないようにも見える。
繰り返し描いた現実にはいそうも無い、あでやかな「蝶」。蝶は死の象徴とも言われる。膨大な数のこれも華やかな色彩の花のパステル画も、どこか悲しみをたたえているようにも見える。花に自分を捨てた母への思慕を込めていると言う人もいる。
花や蝶の絵で赤、青、黄色のパステルや水彩の色が鮮烈であればあるほど、ルドンの悲しみや精神の深さが強調されるのは不思議としか言いようがない。
黒やモノクロームで奇怪で醜悪なモチーフを追求した若い時の絵よりも、一層死のイメージや悲しみを花や蝶の絵に感じるのは自分だけではないだろうと思う。
誠に深い魅力を持った画家の一人であるとしみじみ感じ入る。
2013-09-26 21:21
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