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川上弘美「センセイの鞄」 [本]

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小説はほとんど読まない。随筆や詩歌、絵画関連の本などを好むが、ジャンルが偏っているので読みたい本が図書館の棚で探しても少なくなってきた。
文庫本の棚でふと手に取ったのがこの本。このとき借りたもう一冊は「蛇にピアス」だが、これは2、3ページ見てとても無理と思って読むのをよした。しかし「センセイの鞄」は最後まで読んだ。
川上弘美氏は1996年「蛇を踏む」で芥川賞を受賞した作家。かたや「蛇にピアス」は、金原ひとみ氏による2004年同賞受賞作。

この本は童話ならぬ「老話」である。自分はかねてから、子供の成長に童話や童謡が必要なように老人には「老話」や「老謠」が必要不可欠だと思っている。それもいっとき気がまぎれるとびきり楽しい本や歌がよい。
「センセイの鞄」は、2001年の谷崎潤一郎賞受賞というだけあって「老いらくの恋物語」でもあるこの小説は、中年以降の男性に人気があり、老人の読者には心地よく読めるメルヘン「老話」だ。
ふつう「老いらくの恋」物語は老人の男性から書かれたものが多いが、この小説は女性の方から見て書かれているのが珍しい。若い娘に慕われる老人という設定が小説のポイント。

我が「老いらくの恋」の定義ー双方65歳以上であることーからすれば、男のセンセイがアラセブンティでまさしく老人だが、ヒロインの女性はアラフォーのOLツキコさんだから、純正品の「老いらくの恋」ではない。

もっとも読み手が老人だから「老いらくの恋物語」というだけのことで、若い人が読めばそうは読まないだろうとも思う。ややファザコンの孤独なOLの恋物語のような夢想譚か。
さすがに若い女性が女性を書くのだから、その心理描写は読ませるものを持っている。つい老人の読み手は最後まで引っ張って行かれた。
一方で作者はセンセイの心理描写をしていない。多分出来ないだろうから、しないのが正解であろう。その代わりセンセイの周囲を描写して、読者に男の心理を想像させる趣向だ。
水彩画の技法にネガティブペインティングというのがある。例えば葉っぱを描くときに葉っぱそのものを描くのがポジティブペインティングで 、葉っぱそのものを描かずその周りを描き葉っぱを浮かび上がらせる手法をいう。
この小説を書いたとき、川上弘美氏は43歳。ネガティブペインティングで老人の心を表現した。読者の想像力を使って。

小説には、明治の漂白詩人伊良子清白の詩集「孔雀船」から詩の1節が引かれているが、もっとテーマにあった適確な詩があったのではないかと思う。もっともテーマが何かが問題であろうが。
同じく引用されている芭蕉の句
海くれて鴨のこゑほのかに白し
の方がピッタリするような気もする。五五七の破調に何とも不思議な味わいがある。

脈絡もなく、池波正太郎の「剣客商売」の主人公秋山小兵衛と後添いの若い妻を思い出した。これも男の憧れるメルヘン、「老話」だ。ともにひょっとして自分もーと錯覚させて、老人をいっとき喜ばせるところが共通している。

読み終えてふと、ツキコさんのように、若い男に惹かれぬ娘を持った父親は辛いだろうなと思ったが、自分は娘はいないのでとんちんかんな感想かもしれない。


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