オスカー・ココシュカの水彩画(2/2終) [絵]
ココシュカは、若い時も水彩を描いたが、何かの理由で高齢になって特に花の絵を水彩で描くようになったのではないかという仮説を立て、以下何枚かの絵を見る。参考までに制作年の分かっているものには画家の年齢を付した。
なお、オスカー・ココシュカの水彩画とくに花の絵はネットで探すのも大変だ。何とか探してPCにファイルしたものの、ネットで幾つか確認したいことがあって再度見ようとしたらどうしても検索出来ない。油彩は容易に見ることができるのだが。
まず、若い時に描いた「横たわる裸婦 」(1922 水彩52×70cm)。ココシュカ36歳の時の水彩画。前回「オスカー・ココシュカの水彩画」(2/1)に掲げた「ギタ・ウァレルスタインの肖像」 が描かれた翌年のもの。後に描いた花の絵とは、まるでタッチが異なり油彩のタッチのようにも見える。
この水彩画のヌードは、プロの批評家によれば、次のような見方になる。
「伝統的な人体表現から途方もなく逸脱している。薄い水彩をたっぷり含ませた筆で、一気に仕上げられている。人体はかろうじてそれとわかる程度に示されているに過ぎないが、そのおおまかなモデリングはある種の官能性を感じさせる」
ミッシェル・クラーク著「水彩画の技法」( 荒川裕子訳 同朋社出版 1994ビジュアル美術館 第7巻)
(にわか勉強だが、モデリングとは明暗法や色面調整法等によって、2次元の平面に事物の立体性を表現すること。明暗法とは、光と影の効果により平面のフォルムに立体性を与えることである。簡単に言えば「形の描き起こし」。これに対しグレージングは色の重ね塗りのこととか。)
ついでながらミッシェル・クラークの「水彩画の技法」は、単なる技法書でなく水彩画の歴史書とも言うべき好著だ。
「Self-portrait (Fiesole)自画像 」(1948 油彩 )62歳 。 後掲の82歳の時の水彩自画像と比べると構図やタッチなどは似ているものの絵の雰囲気はかなり違う。
「Pomegranate and Praying Mantis, ざくろとカマキリ」(1948 watercolor and gouache on board ) 62歳。水彩とグワッシュだが、紙でなく板に描かれカラー用紙のような効果を出している。
「 Gelbe und violette Iris. 黄色と紫のアイリス」( 1960 )74歳 。優しい絵。日本画のよう。
「Urvater der Fische. 魚の先祖」(1961 )75歳 。水彩ではないが、珍しいので。左ひらめのようだが、Urvaterは先祖と訳して良いのか。
「Lilien und Rittersporn.ユリとラークスパー」(1967)81歳。ラークスパーは、千鳥草とかディルフィニウム(飛燕草)とか訳す。
「Selbstporträt. 自画像」(1976 Nach dem gleichnamigen Aquarell von 1968)82歳 。同じ水彩画のあとにーと、あるのでエスタンプ。
「Herbstblumen. 秋の花 」(1968 )82歳。
「Sommerblumen mit Rosen. バラと夏の花 」(1969 ) 83歳。
絵は「メイソン瓶の百日草」の模写。とても実物(画像)の素晴らしさには及ばないが。勉強にはなる。
「Schwertlilien mit Rosen.バラとヒゲを生やしたアイリス」( 1969 )83歳。
「Sommerblumenstrauss mit Mannstreu. ヒイラギと夏の花の花束」(1969)83歳 。Offset lithograph in colors.オフセット版 色のリトグラフ。
「Delphinium. ディルフィニウム飛燕草 」(1974 )88歳。
「Sommerblumen im Glaskrug. ガラス水差しの夏の花 」(1975 )89歳。
「Genfer See Landschaft. ジュネーブ湖の田舎 」(1976 )90歳。珍しく風景画。油彩にも似たものがあるが、エスキースか。あるいは手すさびに油彩を見て水彩画にしたのか。
「Apfelblütenzweig. リンゴの花の枝 」(1976 )90歳。
「Blühender Apfelbaum 花咲くリンゴの木」風景画風。
「Zinnias in Mason Jarメイソン瓶の百日草」
「花 」(1967 )81歳。
「花 」 題名、制作年不詳。ラークスパーか?。宝石ラピス・ラズリ(瑠璃)を彷彿させる鮮やかな紺色が綺麗。ウルトラマリンか。
「Tulips チューリップ 」(1958)72歳。一気に描いたという感じ。誰にでも描けそうで誰にも描けない絵。
「花 」(1967 )81歳
「Flower Piece - Roses II」 、 「 花」この2枚は鉢植えのバラのようだが、題名、制作年とも不明。バックが塗られているのが他の絵と異なる。ココシュカの花の水彩画は背景に色をつけていないものが多い。
「A Girl with Flowers 花を持った少女」(油彩)制作年不詳。少女の持った花に着目したが、水彩の花とは別もの。
「Autumn Flowers,秋の花 」(1928 油彩)42歳。花の水彩画と比べようと、花の油彩画を探したがこの一枚しか見つからなかった。前掲の「Herbstblumen. 秋の花 」(1968 )82歳の絵と比較してみると暗い。
ココシュカは、40歳の頃に動物シリーズを描いている。色も筆致も過激だ。
「The Tigon ティゴン 」(1926 油彩 )40歳。Tigonは虎とライオンの合いの子。
「マンドリル 」(1926 油彩 ) 動物園でスケッチしたものだが、背景はジャングル。40歳。
水彩画と比べるため何枚かの油彩も掲げたが 、残念ながら、何かが分かったということはない。
ココシュカはアルマと別れた後彼女の等身大の人形を作り、観劇など外出にも持ち運んでいたというが、ついにその首を切りアルマへの想いを断ち切ったとみられるのが1922年、36歳の時だ。
しかし、その後も彼女のことを想い続けていたことは、1949年、NYに移住したアルマ70歳の誕生日に63歳のココシュカは次のようなラブレター(電報)を届けたというエピソードで明らかである。
「愛しいアルマ。僕たちは『風の花嫁』の中で永遠に結ばれているのです」まさに「老いらくの恋」ー片想いだが。
関連記事 老いらくの恋ふたたび ・「老いが恋」と「恋の重荷」
http://toshiro5.blog.so-net.ne.jp/2013-01-12
63歳といえば上掲の油彩の自画像が描かれた翌年。油彩もこの時期描いてはいるが、その後70代、80代になると花などの水彩画が多くなるように見える。
アルマとの恋が終わり、気力、体力も衰え枯れてきて油彩から水彩になったのかと思ったが、どうやらそう単純でもなさそうだ。
しかし根拠は無いが、ココシュカが過激とまで言われた油彩画から穏やかな水彩画を描くようになったのは、やはり高齢化と関係がありそうだ。老いらくの恋のように内に秘めた想いは強いのかもしれないが、うわべは淡白になりプラトニックLoveのような静かな水彩画を好んで描くようになったのではないか。
ココシュカの花の水彩画をそう見るのは穿ち過ぎか。
色が綺麗で線も軽い。少なくとも、「過激」とはほど遠く花の美しさだけを現そうと描いている。
自分は真正の年寄りだが、こんな絵は幾つになっても描くのは無理。天賦の才に加え、若い時の「激烈」を超え しかも内に熱いものを持ってはじめてこの域に達するのであろうか。
無断引用で心苦しいが、(一人でも多くココシュカの水彩画の良さを知って貰えるのではないかと勝手に決めてご寛恕願うことにして)冒頭の水彩画家の褒め言葉を紹介させて頂く。
ちなみにこの水彩画家もココシュカの画風とは異なるが、素晴らしい花の絵も描かれる方で圧倒的な人気がある現代作家である。
「花の水彩とか、物凄くいいのです。花のがわに立って花が息をしてるかのような筆使い。もっと褒めれば、画用紙の中で咲いたかのような花」とおっしゃる。絵の見方も第一級とみた。
マーラーの交響曲2番「復活」(1884-90)は好きなのでZENにもWalkman 、iPadにも入れていて時折聴く。この曲はマーラーがアルマと会う前の作品だが、これからは聴きながらアルマやココシュカの水彩画を思い出してしまいそうだ。
なお、オスカー・ココシュカの水彩画とくに花の絵はネットで探すのも大変だ。何とか探してPCにファイルしたものの、ネットで幾つか確認したいことがあって再度見ようとしたらどうしても検索出来ない。油彩は容易に見ることができるのだが。
まず、若い時に描いた「横たわる裸婦 」(1922 水彩52×70cm)。ココシュカ36歳の時の水彩画。前回「オスカー・ココシュカの水彩画」(2/1)に掲げた「ギタ・ウァレルスタインの肖像」 が描かれた翌年のもの。後に描いた花の絵とは、まるでタッチが異なり油彩のタッチのようにも見える。
この水彩画のヌードは、プロの批評家によれば、次のような見方になる。
「伝統的な人体表現から途方もなく逸脱している。薄い水彩をたっぷり含ませた筆で、一気に仕上げられている。人体はかろうじてそれとわかる程度に示されているに過ぎないが、そのおおまかなモデリングはある種の官能性を感じさせる」
ミッシェル・クラーク著「水彩画の技法」( 荒川裕子訳 同朋社出版 1994ビジュアル美術館 第7巻)
(にわか勉強だが、モデリングとは明暗法や色面調整法等によって、2次元の平面に事物の立体性を表現すること。明暗法とは、光と影の効果により平面のフォルムに立体性を与えることである。簡単に言えば「形の描き起こし」。これに対しグレージングは色の重ね塗りのこととか。)
ついでながらミッシェル・クラークの「水彩画の技法」は、単なる技法書でなく水彩画の歴史書とも言うべき好著だ。
「Self-portrait (Fiesole)自画像 」(1948 油彩 )62歳 。 後掲の82歳の時の水彩自画像と比べると構図やタッチなどは似ているものの絵の雰囲気はかなり違う。
「Pomegranate and Praying Mantis, ざくろとカマキリ」(1948 watercolor and gouache on board ) 62歳。水彩とグワッシュだが、紙でなく板に描かれカラー用紙のような効果を出している。
「 Gelbe und violette Iris. 黄色と紫のアイリス」( 1960 )74歳 。優しい絵。日本画のよう。
「Urvater der Fische. 魚の先祖」(1961 )75歳 。水彩ではないが、珍しいので。左ひらめのようだが、Urvaterは先祖と訳して良いのか。
「Lilien und Rittersporn.ユリとラークスパー」(1967)81歳。ラークスパーは、千鳥草とかディルフィニウム(飛燕草)とか訳す。
「Selbstporträt. 自画像」(1976 Nach dem gleichnamigen Aquarell von 1968)82歳 。同じ水彩画のあとにーと、あるのでエスタンプ。
「Herbstblumen. 秋の花 」(1968 )82歳。
「Sommerblumen mit Rosen. バラと夏の花 」(1969 ) 83歳。
絵は「メイソン瓶の百日草」の模写。とても実物(画像)の素晴らしさには及ばないが。勉強にはなる。
「Schwertlilien mit Rosen.バラとヒゲを生やしたアイリス」( 1969 )83歳。
「Sommerblumenstrauss mit Mannstreu. ヒイラギと夏の花の花束」(1969)83歳 。Offset lithograph in colors.オフセット版 色のリトグラフ。
「Delphinium. ディルフィニウム飛燕草 」(1974 )88歳。
「Sommerblumen im Glaskrug. ガラス水差しの夏の花 」(1975 )89歳。
「Genfer See Landschaft. ジュネーブ湖の田舎 」(1976 )90歳。珍しく風景画。油彩にも似たものがあるが、エスキースか。あるいは手すさびに油彩を見て水彩画にしたのか。
「Apfelblütenzweig. リンゴの花の枝 」(1976 )90歳。
「Blühender Apfelbaum 花咲くリンゴの木」風景画風。
「Zinnias in Mason Jarメイソン瓶の百日草」
「花 」(1967 )81歳。
「花 」 題名、制作年不詳。ラークスパーか?。宝石ラピス・ラズリ(瑠璃)を彷彿させる鮮やかな紺色が綺麗。ウルトラマリンか。
「Tulips チューリップ 」(1958)72歳。一気に描いたという感じ。誰にでも描けそうで誰にも描けない絵。
「花 」(1967 )81歳
「Flower Piece - Roses II」 、 「 花」この2枚は鉢植えのバラのようだが、題名、制作年とも不明。バックが塗られているのが他の絵と異なる。ココシュカの花の水彩画は背景に色をつけていないものが多い。
「A Girl with Flowers 花を持った少女」(油彩)制作年不詳。少女の持った花に着目したが、水彩の花とは別もの。
「Autumn Flowers,秋の花 」(1928 油彩)42歳。花の水彩画と比べようと、花の油彩画を探したがこの一枚しか見つからなかった。前掲の「Herbstblumen. 秋の花 」(1968 )82歳の絵と比較してみると暗い。
ココシュカは、40歳の頃に動物シリーズを描いている。色も筆致も過激だ。
「The Tigon ティゴン 」(1926 油彩 )40歳。Tigonは虎とライオンの合いの子。
「マンドリル 」(1926 油彩 ) 動物園でスケッチしたものだが、背景はジャングル。40歳。
水彩画と比べるため何枚かの油彩も掲げたが 、残念ながら、何かが分かったということはない。
ココシュカはアルマと別れた後彼女の等身大の人形を作り、観劇など外出にも持ち運んでいたというが、ついにその首を切りアルマへの想いを断ち切ったとみられるのが1922年、36歳の時だ。
しかし、その後も彼女のことを想い続けていたことは、1949年、NYに移住したアルマ70歳の誕生日に63歳のココシュカは次のようなラブレター(電報)を届けたというエピソードで明らかである。
「愛しいアルマ。僕たちは『風の花嫁』の中で永遠に結ばれているのです」まさに「老いらくの恋」ー片想いだが。
関連記事 老いらくの恋ふたたび ・「老いが恋」と「恋の重荷」
http://toshiro5.blog.so-net.ne.jp/2013-01-12
63歳といえば上掲の油彩の自画像が描かれた翌年。油彩もこの時期描いてはいるが、その後70代、80代になると花などの水彩画が多くなるように見える。
アルマとの恋が終わり、気力、体力も衰え枯れてきて油彩から水彩になったのかと思ったが、どうやらそう単純でもなさそうだ。
しかし根拠は無いが、ココシュカが過激とまで言われた油彩画から穏やかな水彩画を描くようになったのは、やはり高齢化と関係がありそうだ。老いらくの恋のように内に秘めた想いは強いのかもしれないが、うわべは淡白になりプラトニックLoveのような静かな水彩画を好んで描くようになったのではないか。
ココシュカの花の水彩画をそう見るのは穿ち過ぎか。
色が綺麗で線も軽い。少なくとも、「過激」とはほど遠く花の美しさだけを現そうと描いている。
自分は真正の年寄りだが、こんな絵は幾つになっても描くのは無理。天賦の才に加え、若い時の「激烈」を超え しかも内に熱いものを持ってはじめてこの域に達するのであろうか。
無断引用で心苦しいが、(一人でも多くココシュカの水彩画の良さを知って貰えるのではないかと勝手に決めてご寛恕願うことにして)冒頭の水彩画家の褒め言葉を紹介させて頂く。
ちなみにこの水彩画家もココシュカの画風とは異なるが、素晴らしい花の絵も描かれる方で圧倒的な人気がある現代作家である。
「花の水彩とか、物凄くいいのです。花のがわに立って花が息をしてるかのような筆使い。もっと褒めれば、画用紙の中で咲いたかのような花」とおっしゃる。絵の見方も第一級とみた。
マーラーの交響曲2番「復活」(1884-90)は好きなのでZENにもWalkman 、iPadにも入れていて時折聴く。この曲はマーラーがアルマと会う前の作品だが、これからは聴きながらアルマやココシュカの水彩画を思い出してしまいそうだ。
2014-01-16 10:46
nice!(0)
コメント(2)
トラックバック(0)
初めまして。永山と申します。
ある方にココシュカの水彩をご覧になってくださいとオススメしたものの、果たして彼女は探せるだろうかと心配になり、自分でググったら、このSiteが最初に出てきました。ココシュカの分析が面白く、とても興味を持って拝読いたしました。本当にありがとうございました。
by 永山裕子 (2014-10-29 19:40)
コメントありがとうございました。お目にとまり恐縮しました。冒頭の「ある画家のサイト」というのは、先生のFBです。画用紙に花が咲いたようというのも先生の表現ですね。おことわりすべきだったかと反省しております。老生ファンというより水彩画の崇拝者でありまして、ほぼ毎日FBを見ていろいろと教えられています。絵はもちろん、ユーモアとウィットあふれる文章も楽しませて貰っています。
超ご多忙のご様子、健康に留意され活躍してますよう。ありがとうございました。
by wakizaka (2014-11-11 20:12)