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利己的な遺伝子に乗って生きる [随想]

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多田富雄(ただとみお)が、2001年67歳のとき脳梗塞で倒れてから2010年76歳で歿するまでの9年間、深刻な病魔と戦いながら、驚愕すべき創作、著作などの活動をしたことは、よく知られている。

「寡黙なる巨人」(2007 年) 、「ダウンタウンに時は流れて」(2009年)、「落葉隻語 ことばのかたみ」(2010年)などその何冊かを読んだが、身体も動かせず口もきけずに文章を書く様は凄まじい。

さらに、信じられぬ様な活動もしている。
2006年4月から厚生労働省が導入した「リハビリ日数期限」制度に対して自らの境遇もふまえ「リハビリ患者を見捨てて寝たきりにする制度であり、平和な社会の否定である」と激しく糾弾し、反対運動を行った。「わたしのリハビリ闘争 最弱者の生存権は守られたか」(2007年)がある。

多田富雄は、1934年茨城県生まれ、免疫学者、文筆家。
高名な「免疫の意味論 」(1993年)は自分も、たしか還暦の2000年頃に読んだが、もとより浅学の身、半分も理解出来なかった。こんな年になるまで自分が自分の身体について、ほとんど知らないということを思い知らされた覚えがある。
しかし、「免疫のシステム」、「自己や非自己」など素人にも理解出来るところもあって目からウロコというのは、こういうことかと思ったものである。多くの人に読まれたまさに名著である。

ほかに「独酌余滴 」 (1999年)など名随筆もある文筆家で、能の作家としても有名である。

さて、多田富雄は、柳澤桂子との共著「露の身ながら いのちへの対話 往復書簡」2004のなかで次のように言う。
「にんげんの方が、ゲノムという乗り物に乗ってこの世に現れ、ゲノムの持つあらゆる可能性を駆使して生き、死ぬときにはゲノムを乗り捨ててこの世を去る。そう考えれば、利己的遺伝子に振り回されなくていいと思うのです。そして生きることに熱中できるのではないでしょうか。」

柳澤 桂子(やなぎさわ けいこ1938年 生まれ)は、東京都出身の生命科学者、サイエンスライター、エッセイスト、歌人。
1969年ころ原因不明の難病を発病するが、奇跡的に回復。病気と闘いながら、一般の人にも分かりやすく生命科学の本を書き、医療問題にも関心を持ち、「いのち全体」について書くようになる。近年では、般若心経新訳が話題になっている。

多田富雄のいう「利己的な遺伝子」は、クリントン・リチャード・ドーキンス(Clinton Richard Dawkins, 1941年 -)が著書「The Selfish Gene」(1976年)で唱えたもの。日本では、日高敏隆らが「生物=生存機械論-利己主義と利他主義の生物学」(1980年)として訳し、後に「利己的な遺伝子」と改題(1991年)された。

遺伝子を擬人化して考えることが、遺伝と進化を理解する近道だとする。一般人むけの書なのである。
ドーキンスは、我々は遺伝子という名の利己的な存在を生き残らせるべくプログラムされたヴィークルに過ぎず、個体、ヴィークルは死ぬが、遺伝子はそれを乗り捨てて新しい個体(子孫)の中で生き伸びていくのだとする。
自然淘汰をベースにしていることから、ドーキンスは進化論のダーウィンの後継者とする研究者もいる。

ドーキンスは、イギリスの動物行動学者であり進化生物学者。上記の The Selfish Gene(『利己的な遺伝子』)をはじめとする一般向けの著作を多く発表している。最近では「神は妄想であるー宗教との決別」(2007年、垂水雄二訳)が話題になっている。
関係ない話だが、ドーキンスは自分よりひとつ歳下だ。

多田富雄は、ドーキンスのそれを反対に考えれば良いのですというのだ。遺伝子を中心に考えるのでなく、個体、人間、細胞の方が永遠に生き残ろうとするゲノム、遺伝子を利用すると考えて生きればどうかという。そうすれば生きることに熱中できると。
死者との交流がテーマである能に造詣の深い氏らしいという気もするが、病に倒れ死の淵を覗いているときの言だと思うと、格別の意味があるような気がして凄いなと思う。
この本が刊行されたのは2004年、氏が倒れたのは2001年、倒れて間もなく病床で柳沢桂子と書簡をやり取りしており、その後書かれた本によればその頃氏を苦しめた病状は中途半端なものでは無かったことが分かる。
自分がこの本を読んだのは、2005、6年頃、65、6歳ころだから、まだまだ元気だったが、6歳だけ歳上の氏は今考えると、あらためて凄い精神力だと思わざるを得ない。
元気な時の、また病気になってからの氏の生き方を我が身に照らし見ると、ひたすらに頭を下げるしかない。

柳沢桂子氏はふたつ上、ドーキンスは一歳下、いわば同世代の人たちではあるが人間の個体差の大きさをしみじみと思い知る。噫。

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