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蕪村老は天才大雅を追い越したか(3終) [随想]

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この「十便十宜図」を、池大雅、与謝蕪村の二人の画家に依頼した主は、尾張、名古屋の素封家・下郷学海(しもふさがくかい)である。 彼は、尾張の鳴海宿(なるみしゅく)で代々「千代倉」という屋号の造り酒屋(銘酒「玉の井」)の当主であった。
なお、鳴海宿は、東海道五十三次の40番目の宿場である。現在の愛知県名古屋市緑区にあたる。
彼の一族は皆俳諧を嗜み、祖父が芭蕉門の鳴海六歌仙の一人、下里知足(後に下郷と改姓した)であったという。また学海本人の俳諧の師は、尾張藩出身の武士で国学者、俳人の横井也有(1702年-1783年)である。
さらに、学海の絵画の師が池大雅であった。従って、「十便十宜図」の依頼はまず彼から池大雅に持ち込まれたと考えられている。大雅と蕪村は京都で交友関係にあったから、大雅が「十便図」を描き、蕪村が「十宜図」を描くことになったのであろうと推定されている。
二人とも京都では、すでに有名な文人画家だったが、当時大雅の評判は高かったから、蕪村は対抗意識から肩に力が入ったであろうと推測されている。
後世の評価は、(1)冒頭の二人の対談で、安岡章太郎が「蕪村はとても足元にもおよばない」と言っているように、大雅の勝ちというのが大方の見方である。
本当にそうだろうか。絵の天才大雅の方は、人物が多く描かれ、隠遁生活をうまく表現し得ているし、書家でもあることから添えた文字も立派だ。
他方、 蕪村の絵はどちらかと言えば風景画である。空気や風、光を捉えていると思うが、添えた詩文は空の部分に書かれ、後の俳画に見られる空白をうまく使っているように見えない。素人目には、この競作で蕪村はワリを食っているのではないかと思う。

俳諧人である蕪村は、
菜の花や月は東に日は西に
五月雨(さみだれ)や大河を前に家二軒
朝顔や一輪(いちりん)深き淵(ふち)のいろ
月天心貧しき町を通りけり
牡丹散って打重なりぬ二三片

など「絵画的」な佳句が多いとされるが、実際の絵の方は、この「十便十宜図」以降上達したのかもしれない。少なくとも、この「十便十宜図」の共作、競作が彼のその後の絵に強いインパクトを与えたであろうことは容易に推察出来る。

日本最後の文人といわれる明治、大正期の画家、儒学者の富岡鉄斎(1837年-1924年)も60歳ごろから絵を始め、初期の絵は「若書き」というが80歳の頃の絵は「神品」と言われるくらい良い絵を描いたと伝わる。
他にも古今の画家には、高齢で名作を残すした人は数多くいる。
絵画において、画家が年老いても進化が止まらないのは、小説家が加齢で創作力が衰え、筆を折る作家が多い文学の世界と対照的である。これには絵画芸術に特有の何らかのわけがあるのかもしれない。

蕪村は、当時としては長寿の60歳を超えて、その才能を一気に開花させたとされる。(1)の対談の安岡章太郎の「蕪村追い付き論」はそのことを言っているのだ。
大雅に到底及ばぬとされた蕪村の人物画も、自画讃を含め沢山ある俳画は勿論のこと、1781年の「寒山拾得図」など進境著しいものがある。安岡章太郎のいう李白を描いた絵は知らないが、その晩年までに天才大雅に追いつき、追い越したというのは十分にあり得ることだと思う。

例えば、蕪村の名作、「鳶鴉図」(とびからすず1784年)や最高傑作とも言われる「夜色楼台雪万家図」(夜色楼台図 やしょくろうだいず 1778-1783軸装)は、見るものの心を打たずにおかないが、いずれも晩年の作品である。
与謝蕪村がライバル大雅の死後、齢60歳を越えてから、新たな絵の境地に至ったことを如実に示しているのではないだろうか。それをなさしめたのは、いろいろあったのだと思うが「老いのエネルギー」のようなものもそのひとつだったかも知れない。そう思うことで元気も出てくる。老いは衰退だけでもないのだと。


天才大雅が53歳で死んだときに蕪村60歳。老境の画家にとって、その後の8年という年月は、老いや病いと戦いつつも画業の進展に大きな意味があったことは疑い無いと思う。

68歳の冬、蕪村は病で床に伏す。

白梅に明る夜ばかりとなりにけり
蕪村の残した辞世の句とされる。

十便十宜図のあと、蕪村が大雅に追いつき、追い越したかをトレースしてきた自分には、蕪村が「宜春」を待ち望みながら、「宜暁」を静謐に咲く白梅に託して待つばかりの夜だよ、と詠んだ句と読みたくなった。
やや、牽強付会な解釈との誹りは免れないと自覚はしているが、そいう目であらためて「宜春」の新芽を吹き出した木々、「宜暁」の壁に反射する陽光、「鳶鴉図」の常識的には絵にしない異様なカラスやトンビ、「夜色楼台図」の深い雪に埋もれる京の家に灯る薄紅色の何とも言えぬあかり、などがまごうかたなき老人である自分の胸にじわりと迫ってくるように思える。

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