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中島敦・李陵、山月記を読む [本]

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中島 敦(なかじま あつし)は、1909年(明治42年) 東京府東京市四谷区に生まれる。
中島敦が生れて間もなく両親は離婚した。才媛の妻が夫のもとを去ったという。つまり、敦の実母は父と子を捨てたのである。15歳で三人目の継母を迎えることになる。父親は中学の漢文の教師、祖父は漢学者である。
日本では珍しいとされる形而上学的作家といわれ、ニヒリズム小説家とも言われる素地が作られたのはこの生い立ち、共に暮らした父、継母との相剋にあることは疑いがなかろう。南洋パラオへの転地療養も効なく、1942年(昭和17年)喘息が悪化して33歳で夭折した。

このところ「かめれおん日記」「 狼疾記」 「狐憑」 「斗南先生」「 牛人」「 夾竹桃の家の女」「 文字禍」「 和歌でない歌」「山月記」「 李陵」などを読んだ。
やはり晩年の作とされる「山月記」、「 李陵」が良い。

まずは、「山月記」。
教科書にも採用されてあまねく知られた作品である。読んでいるのだろうが、記憶がない。中国の『人虎伝』に素材を採っているとされる。

その書き出し。「隴西の李徴は博學才穎、天寶の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかつた。」と物語がはじまる。この李徴が己の詩才を疑い、挫折出奔し虎となる。
監察御史、陳郡の袁傪が変わり果てたこの人喰い虎と出合う一種の変身譚だ。
虎と人の間を行き来している李徴が云う。
「人間は誰でも猛獸使であり、その猛獸に當るのが、各人の性情だといふ。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獸だつた。虎だつたのだ。」
「飢ゑ凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を氣にかけてゐる樣な男だから、こんな獸に身を墮すのだ。」

「さうだ。お笑ひ草ついでに、今の懷を即席の詩に述べて見ようか。この虎の中に、まだ、曾ての李徴が生きてゐるしるしに。 袁傪は又下吏に命じて之を書きとらせた。その詩に言ふ。
偶因狂疾成殊類  災患相仍不可逃
今日爪牙誰敢敵  當時聲跡共相高
我爲異物蓬茅下  君已乘軺氣勢豪
此夕溪山對明月  不成長嘯但成嘷
時に、殘月、光冷やかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に曉の近きを告げてゐた。人々は最早、事の奇異を忘れ、肅然として、この詩人の薄倖を嘆じた。」
フィナーレの描写が印象的だ。
「一行が丘の上についた時、彼等は、言はれた通りに振返つて、先程の林間の草地を眺めた。忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。虎は、既に白く光を失つた月を仰いで、二聲三聲咆哮したかと思ふと、又、元の叢に躍り入つて、再び其の姿を見なかつた。」

さすがに書き出しからフィナーレまでを通して名文である。声を出して読めば音が流れるようであろう。残念ながら漢詩の勉強がおろそかだったので、クライマックスに歌われる李徴の「即席の詩」を十分に理解できないのがなんとも悔しい。

次は「李陵」。
漢の武帝の時代、李陵と同じく匈奴に捕らえられたが、降伏を肯んじないばかりか、みずから剣をとって自身の胸を突いた男、蘇武を一方に配し、更に李陵を弁護して刑に処せられた司馬遷の苦闘を描くことで、虜囚の地で暮した李陵の迷いや心の葛藤を浮き彫りにした小説「李陵」。

「別れに臨んで李陵は友のために宴を張った。いいたいことは山ほどあった。しかし結局それは、胡に降ったときの己の志が那辺にあったかということ。その志を行なう前に故国の一族が戮せられて、もはや帰るに由なくなった事情とに尽きる。それを言えば愚痴になってしまう。彼は一言もそれについてはいわなかった。ただ、宴酣にして堪えかねて立上がり、舞いかつ歌うた。

径万里兮度沙幕 ばんりをゆきすぎさばくをわたる
為君将兮奮匈奴 きみのためしょうとなってきょうどにふるう
路窮絶兮矢刃摧 みちきゅううぜつししじんくだけ
士衆滅兮名已隤 ししゅうほろびすでにおつ
老母已死雖欲報恩将安帰 ろうぼすでにしすおんにむくいんとほっするもまた にいずくにかかえらん」
この漢詩がこの小説の大部分であろう。
祖父、父とも漢文に造詣が深く、中島敦も国語の教師だったというが、昔の人の漢詩の素養にはいつもながら感心する。
それにしても若齢でこれだけの名文を遺した中島敦が長生きしたら、きっと大文豪になっただろうと思う。明治、大正、昭和の早世した作家たちの何と多かったことか。結核、戦争、自死など。そして喘息とは。
むろん、芸術家は若い時の作品の方が優れているものが多いことも確かだが、自分が老年になったせいか、歳を経てじわじわと熟する芸術作品もあると信じたいのだ。
あまり読むことはないが、この頃小説を読んでも批評する力がわいてこないことをしみじみ感じるようになった。へえーっと感心ばかりしている自分がいる。
老化で体力が耗弱すると、気力が落ち知力も低下するらしい。

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