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連句の鑑賞 [詩歌]

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連句といっても、あまり一般的ではないので、興味のない人が多いのではないかと思う。自分もそうだった。
ひょんなことから10年ほど前教えて貰い、何冊かの入門書を読んだらこれがなかなか奥が深い。

連句は発句から始まり挙句に至る迄、長句(5、7、5)と短句(7、7)を交互にくりかえしてゆく文芸形式である。
複数の参加者(連衆れんじゅ)が入れ替わり詠む。座の文芸と呼ばれる。
連歌、俳諧は長い歴史を持つが、近世になって発句から独立した俳句が隆盛したことに比べ現代ではとても盛んとは言えない。
しかし、江戸時代に芭蕉、蕪村や一茶が、各地の愛好家を訪ねて歌仙を巻く旅の俳諧師であったことに見られるように、かつては一般庶民にも絶大な人気があった。
明治時代にも夏目漱石や寺田虎彦などが愉しみ 、現代でも大岡信や丸谷才一などが歌仙を巻く。ネットでは電脳連句のサイトもあるから、細い流れながらその愛好者は絶えることがない。
どこがそんなに面白いのか。いろいろ理由があるけれど、「連句への招待 」(乾裕幸 白石悌三 有斐閣新書)
では、次のように書いてあり納得感がある。
「一つの前句に対していくつかの推論が可能であり、それぞれの推論にいくつかの判断、いくつもの句作りが可能である。そうして生まれるうる付句のそれぞれに、またいくつかの推論が可能となれば、可能性は無限大に広がる。
その中から一つの道筋を選びとっていく行為は、きわめてスリルに満ちている。
しかも、台本のないアドリブ劇と同じで、衆目の中で臨機応変に演じなければならない」

つまり、作る者にとっては、人の作った前句に何を連想して句を付けるか。自分の句に相手がどんな句を付けてくるか。その千変万化が何とも言えないのだ。だから、一人で詠む独吟歌仙はつまらなくて、複数の参加者(連衆)による両吟、三吟、四吟などが面白いという。

岡潔(1901-1978年)は、「多変数解析関数論を研究するには、まず松尾芭蕉の俳諧を全部調べなければダメだ」といって、1、2年、徹底的に研究するのです。その後、多変数解析関数論の研究に取り掛かり、二十年かけて(数学における世界の)三大難問をすべて独力で解いてしまった。(「日本人の矜恃 」九人との対話 藤原正彦 新潮文庫)
自分には、多変数解析関数論も数学の世界三大難問もわからないが、数学者を捉えたのはこの無限性の千変万化であろうことは容易に推測出来る。
連句の面白さのわけのもう一つに、連句は、半歌仙では18句、歌仙では36句、百韻では100句、各句が文字通り連なっているが、どの一句を取り出しても独立しており、それに付けられた二句まで取り出して読んでも、句として独立しているということにあるのではないかと思う。しかも、全体としてひとつの詩篇となっているところが凄い。世界にも類例の無い短詩型であろう。

ところで、作句でなく出来上がった連句の鑑賞の方はどうか。作った時の高揚は必ずしも読む方にそのまま伝わるとは限らない。むしろ独りよがりというか、参加者のみがわかりあっているだけで他者には何の感興も湧かないという、感じもある。とくにその時代背景、詠み手や参加者だけに分かる個人的な事情などが詠み込まれると、後から読む者にとっては、とてもついていけないところもある。
詠み手は、全身全霊、文字通り全人格を賭けて一句を付けるから、読む方もそれなりのレベルが要求されるということもあるだろう。
芭蕉は、歌仙は巻いている時がすべてで終われば反故だと言いながら、出来たあとも入念に推敲して仕上げ、後世に多くの名作を残している。
俳諧、連句は立派な文学作品であるのに、連俳は文学に非ずとした子規は、発句を俳句として独立させたいばかりに誤っただけのことだ。このことは、もはや通説になっている。
ただ残念なことに上記の事情もあって、我々一般人にはその良さが理解しにくいのである。

例えば、「猿蓑」(元禄4年、1691年刊行)にある四季発句(夏)で見てみよう。
「猿蓑」は七部集の第五。「俳諧の古今集」ともいわれ、蕉風の円熟期を代表する選集。書名は芭蕉の「初しぐれ猿も小蓑をほしげなり 」による。

発句 市中は物のにほひや夏の月 凡兆
あつしあつしと門門の声 芭蕉
第三 二番草取りも果たさず穂に出でて 去来

「発句」の市中(まちなか)は、市街地のこと。町には様々な生活の臭いが入り混じる。その町に夏の月が出ている。普通発句は招かれた客が挨拶風に読むが、これは少し違うようだ。
二句目の短句を「脇」という。発句に添って穏やかにつける。
市街地の町屋で通りに面して入り口のあるあたりを門(かど)という。暑くて風通しの悪い家の中に居たたまれず、皆表に出て月を仰いでいる。
3句目は「第三」という。発句、脇から場も転じていよいよ連句開始となる重要な句だ。
稲の生育が良く、普通3回から5回行う田の草取りだが暑さ故に、二番草も取り終えないうちに出穂した。今年は豊作であろう。
解説を読めばそうか、そうかと分かるがちんぷんかんぷんなことも多い。

この巻は36句からなる歌仙である。その一部分、挙句に至る終盤6句を解説に頼りながら読んでみる。

いのち嬉しき選集の沙汰 去来
さまざまに品かはりたる恋をして 凡兆
浮世の果ては皆小町なり 芭蕉
なに故ぞ粥すするにも涙ぐみ 去来
お留守となれば広き板敷き 凡兆
手のひらに虱這わする花のかげ 芭蕉
(挙句)霞動かぬ昼の眠たさ 去来

「いのち嬉しき」は、西行の「年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけり小夜の中山」を踏まえている。選集の沙汰は、勅撰集入選の知らせのこと。
次の句は「恋の座」。歌集の恋の部には「忍ぶる恋」、「逢わぬ恋」、「隔つる恋」、「待つ恋」など種々あるという。様々な恋をしたのは色好みの宮廷歌人在原の業平。
どんな恋をしても所詮、最後は皆小町さ、と芭蕉は冷めて付けた。「小町なり」とは、謡曲の小町物に描かれた老衰のさま。
「粥すする人」は小町を俤(おもかげ)にした零落の乞食。
「涙ぐむ人」は、留守番の淋しい奉公人との見たて。板敷きは台所のこと。
挙句の前句「手のひらに」は、芭蕉が付けた花の定座。留守番人ののんびりとくつろぐさま。花見の留守番人。花見時期に目立つ虱を「花見虱」というとか。俗にくだけた「匂いの花」だという。この辺は解説が要る。
挙句は、前句の人を「太平の逸民」と見たてその無聊感を詠んで巻き収めている。
かくのごとく古歌、故事を踏まえ、その時代の慣習、風俗も詠み込まれるのでそれを知らないと、前句の何に付けているのやらさっぱり分からない。付き過ぎを嫌い俤、匂ひなどそこはかとなく付けるのを良しとするので、余計厄介であるがそれを楽しむのだから仕方がない。句の中に人を、場所、風景を読んだり、見たてたりするところが難しいが、またそこにえも云われぬ面白味も潜んでいるのだ。

最近、「一茶の連句」( 高橋順子 岩波書店)を読んだ。芭蕉の俳諧、連句の解説書は多いが、一茶の連句の解説書は珍しい。
自分は詩人高橋順子氏のファンである。図書館に著書を見つけると手が出る。
「一茶の連句」を読んで見て、この人の憎いばかりの深い読みと底知れぬ博識にあらためて驚愕、一層ファンになってしまった。

例えば、一茶の20年にわたる庇護者パトロンだった札差夏目成美との両吟歌仙、「蛙なくの巻」、文化元年1803年春、一茶40歳、成美53歳の時の作品で鑑賞しよう。少し長い引用になるが、その発句から第三までの彼女の解説ぶりはこうだ。

発句 蛙なくそば迄あさる雀かな 成美
蛙は春の季語。成美も相手が一茶なので一茶好みの題材をだしている。温厚で思いやりのあった人のようだ。雀が夢中で餌をついばんでいる。蛙が鳴いているのも耳に入らない。
こういうのは「鳥獣戯画」にあったかな、などと悪戯っぽいめで見ている作者。
春めくものに門で薪(き)をわる 一茶
木々は芽吹き、霞がたなびいて、生き物が営みに精をだす、穏やかないい日和である。そいうものが一茶にとって「春めくもの」だ。門の中で薪を割る人を添えて、それも春の情景とした。一茶の句に「春めくや京も雀の鳴く辺り」という句がある。雀の鳴き声に春を感じる一茶である。蛙の鳴き声にも春を思っただろう。
第三 旅人の小雨にかすむ顔見へて 成美
庭で薪を割っていると、小雨の中を旅人がやって来た。成美宅にはよく俳諧師が逗留したので、遠方から訪れた誰かれの顔を思い出しているような句である。もっともお大尽の主人は薪を割ったりしないだろうが。雑の句。(引用者注。「雑(ぞう)の句」とは季語の入っていない句のことをいう。連句では、花(春)、月(秋)の座を含めて季節を詠むところがほぼ決められているが、それ以外、恋の座など、は雑の句を詠む。)

以下挙句に至るまで、短い解説が続くが、いかにもコメント自体が詩になっていると言って良い。それでも褒め過ぎにならないと思う。
一気に一茶の連句、「正月の巻」、「枯葎の巻」、「蛙なくの巻」、「蠅打ての巻」、「夕暮れやの巻」、「せい出しての巻」を苦もなく読み切って愉しんだ。

連句は、前の前の句(打越という)に付くのは禁忌である。「観音開き」と言うそうだ。後戻りを一番嫌い、ひたすら前へ前へ進むのを良しとするからだ。ときに穏やかな、ときにダイナミックな前向きな詩の展開を解説無しで、愉しむことが出来たらどんなに良いかと思う。しかし、詩人高橋順子のように詩心と博識を備えなければならない。これは、その人の全教養が鍛えられている必要があるとなれば、そう容易なことではなさそうである。








 
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