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水上勉「飢餓海峡」を読む [本]

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水上勉は、1919年(大正8)生まれ、2004年(平成16)85歳で亡くなっている。
1961年(昭和36)「雁の寺」で直木賞を受賞して間もなく、「飢餓海峡」、「五番町夕霧楼」、「越前竹人形」、「越後つついし親不知」(四作とも1963年)などを次々発表して瞠目された。
題名だけ知っているのみで、これらの小説を含め、ほとんど読んでいないので氏の作品について語る資格は自分にはないが、最近、作家の宮本輝氏が自分のHPの掲示板を単行本にしつらえたものを読んでいたら、交遊のあった水上勉の小説は「飢餓海峡」が一番と褒めていたので読む気になった。
この小説は、周知のように昭和37(1962)年、週刊朝日に連載された長編推理小説である。昭和37年は、自分が21歳の時、就職する1年前である。昭和39年がオリンピック開催年。小説の発表は戦後17年ということになる。
昭和22年9月の10号台風による青函連絡船層雲丸(洞爺丸)沈没の死者の数が、乗船客数より2名多かったということから始まるこの小説はすっかり有名になった。
いま、読んでも評判通り面白い。とくに本筋のストーリーを巡る戦後間も無い当時の社会状況、その中であえぐ人々にまつわる話、そのデティルの描写には感心する。ミステリーの内容を記すのは野暮というものだが、その後似たような推理小説がたくさん書かれたから、刑事物系統の典型とも言える。松本清張(1902-1992 82歳で没)の「点と線1958」などとともに「古典」だ。

ところで、水上勉は福井県若狭郡大飯町出身である。福井県には15基の原発があり、大飯にはそのうちなんと4基もある。いまや再稼働、活断層問題で日本中が注目している地であるが、水上勉は亡くなる前年「植木鉢の土」(2003年 小学館)で次のように書いている。
「心理学者の岸田秀さんは、日本にペリーが来たときから、日本人の外的自己と内的自己の相剋が始まったと言われた。ペリー来航によって、近代日本は、欧米諸国に屈従する外的自己と、欧米諸国を憎悪し、誇大妄想的自尊心に立てこもる内的自己に分裂し、そのせめぎあいの中にあるというのだ。それにならって言えば、わたしの外的自己と内的自己の相剋は、原子力発電所に始まっている」

このことについては、このブログで

水上勉の「原子力発電所」と岸田秀氏の「ペリー来航」 で既に書いた。

http://toshiro5.blog.so-net.ne.jp/2012-07-29

「飢餓海峡」は、彼の社会派としての代表作と言えるが、晩年まで原発問題、障害者問題などに深い関心を持った作家の原点の一つなのでもあろう。

推理小説を読む楽しみには、ストーリーのほかに沢山の楽しみがある。読者は自分が行った土地、考えたことなどを見つけてはそれにも心を奪われる。
「飢餓海峡」で言えば、自分にも北海道羊蹄山、舞鶴市など懐かしい思い出が沢山ある。
兵庫県の東条には、大阪勤務のとき、会社で入れてもらっていたゴルフクラブがあって接客のたびに行った。小説では辺鄙な里だが、住んでいた芦屋の社宅から有馬温泉を経由して1時間くらいの瀟洒なメンバーズクラブだった。

自分は金の卵と言われた時代の子供だったが、当時就職する者の多くはその出身地の先輩を頼って就職したもので、そんなことを小説の中で水上勉は書いている。
物語と全く関係がないが、女中さんが私が就職先を決めたのは郷里の栃木県の烏山出身の主人だったからです、とあって仰天した。かの地は自分が疎開して高校までいた縁ある土地だが、高校の同級生の多くは烏山出身の成功者(東京がほとんどだったが)のもとに就職したのである。

むろんこんな楽しみ方は作者の意図に反する。死なねばならなかったものの不条理、罪を犯さねばならなかった当事者、周囲の人々の苦しみ、歪んだ社会のしくみなどを含め巧みなストーリーテラーによる語りで、意外な展開とトリックを推理しつつ、愉しむのが本道であろう。土地であれば主役たちの下北半島、耕して天に至る兵庫の山里に想いを馳せねばならぬ。
その意味では、それを十分味会えるこの推理小説は優れものであることは間違い無い。

ただ、水上勉の文章で、これもストーリーと無関係ながら、一つだけ気になった言葉がある。「まなし」である。
まなしは「間無し」で辞書を引くと①絶え間なく②間を置かず、すぐに、とある。まなしに、などと文中にときどき出てくる度、小さな違和感が生ずる。理由を考えたが判らないから、たぶん自分だけなのだろう。ミステリーだ。

絵はこれも本と無関係、我が家の愛猫(内猫)。首輪は赤い「56nyan 」。迷子になった時のために電話番号が書いてある。 F4 ウオーターフォード細目。少しミステリー風と見えなくもない。
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