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高山辰雄のパステル画2ー杉山寧のパステルと比べた [絵]

髙山辰雄(1912-2007 95歳で没)は、東山魁夷(1908-1999 91歳)、杉山寧(1909-1993 84歳)と並んで日展三山と呼ばれ、戦前から戦後にかけ日本画壇をけん引した。

三人はともに長生きして、それぞれ独自の画風を作りあげた。杉山 寧(1909-1993)は、1956年から1986年の30年間も「文藝春秋」の表紙画を描いた。その後を受けて、高山は1987年(S62)1月号から2000年(H11)12月号まで13年間描いたから一般の人の知名度も高い。静謐な絵を描いた東山もいまなお、絶大な人気がある。

閑話休題。高山の晩年の作品は、筆を細かく打ちつけるような点描風のタッチが重ねられ、独特の雰囲気の画面がつくられている。2007年に95歳で亡くなるまで、絵を描き続けた画家は、描くことで、人間の根源、いのちの本質に迫ろうとしたと評される。

「私の体、人間の体の組成は、宇宙を形作る物質とまったく同一のもので、それ以外の何も持っていません。考えてみれば、我々も星屑(くず)の一つと同一のように思えないでもない」
高山が自らの個展名にも使った「日月星辰」に強い関心を持っていたことはよく知られている。絵に月が描かれることも無関係ではなかろう。「じつげつせいしん」の辰は辰雄の辰だが、星座、星宿つまり天体、宇宙だ。

「原始時代よりもっともっと前から生物本然の何かと共通したあるもの、地上に生をうけた時の心、アミーバーの心とでも云いたいものです。つかめないかも知れないが、死ぬまでにはアミーバーの心とでも云うものを知りたい」




「ラナンキュラス」( スケッチ 1972頃) めずらしく鉛筆にパステルの淡彩。

「花 」(スケッチ1978頃)
「花 」(小下図1964)
「花」( スケッチ1978頃 )赤い牡丹か薔薇か。
「薔薇 」(スケッチ 1978頃)
「カーネーションとカラー 」(1978頃)
「花と果物」( スケッチ )珍しく濃い色 。白い点をほとんど残さない。
「水差しのある静物 」(スケッチ 1957)
「裸婦 」(スケッチ 1976)パステルの裸婦はめずらしい。

高山辰雄は、杉山、東山らとともに日本画を現代的な表現手法として、大きく変えた昭和の代表的な作家のひとりだ。構想や下図にパステルを使ったことは、そのことと何らかの関係はあるのだろうか。パステル画を見ているとあるいは、と思ったりもする。

ところで杉山 寧にもパステルがあるが、パステル画として完成品のように見える。構想や下図にパステルは使っていないのではないかと思う。従って高山のスケッチや構想、下図のパステルと比べてもあまり意味はないけれども、明らかに画風の違いは感じられる。
杉山のパステルはソフト風だ。果物も花もシェーパーか指で延ばしたような滑らかな絵肌。高山と違ってパステル特有の白い点を残さない描き方だ。パステルの違いは、日本画の本制作の二人の違いに通じている様な気がしないでもない。かたや東山魁夷はパステルを使ったのかどうか不勉強にして知らない。

杉山寧のパステル画。「三宝柑」「密柑」「芳」「林檎」「紫陽花」など。



本制作 は一枚だけを。「穹 (きゅう)」(1964 )。高山にも同じ年に「穹」という絵がある。こちらは月夜の絵だが、偶然にしては出来過ぎ。

杉山は、ほかに代表作「水」(1965 )「 洸 」(1992)などが有名。

三山のなかでは、高山が最も先輩の東山と4歳違いだが、いちばん長生きした。画業は80年であろう。晩年の絵がどうなっていくのかも知りたいと思う。


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