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内田樹「もういちど村上春樹にご用心」を読む [本]

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 内田は「村上春樹にご用心」の中で村上春樹の文学は、「普通の穏やかな生活」を「邪悪なもの」から守る「センチネル(歩哨)」の三者関係が基本になっていると説く。

 そして「政治的激情とか詩的法悦とかエロス的恍惚」とか、そういうものは「邪悪的なもの」の対立項ではなく、しばしばその共犯者である。」とも書いている。

 

 エロス的恍惚は、普通の生活におけるセックスではなく邪悪的なものの側にあるものとして書いているなら、村上春樹がしきりにそれを書くのは分かる。しかし、それなら普通の穏やかな生活における衣食住と同じような扱いの夥しいばかりのセックス描写はなんなのだろうか。

 

 3年後に刊行された「もういちど村上春樹にご用心」に何かヒントがあるかさがしてみた。

 

 関連のありそうなのは次の箇所しかなかった。

 

初心者のための村上春樹の「ここが読みどころ」

セックス・シーン

(…)村上さんが性描写に力を入れるのは、実は「作家的技術を見せている」という要素が多分にあ ると僕は見ているんです。さらさらっとセックス・シーンを書いてますけれど、「はい、僕はこ んなふうに書きました。みなさん、これと同じくらいに「凄いもの」が書けますか」みたいな。 これって、実はかなり挑発的な構えだと思うんですよ 暴力的な場面やホラー的な場面もそうですね。村上さんはほんとうに鳥肌が立つほど「怖い」 場面を書く筆力がある。セックスと暴力とホラーというのは、大衆文学の基本要素ですけれど、 村上さんはそういう要素が混入することを忌避しない。そのような「刺激物」が入り込んだくら いのことで、物語構造は少しも揺るがない自信があるんだと思います 。(…)

つまり、暴力もエロスもホラーもコメディも、村上春樹は全部書けるんです。それを楽々と コントロールすることができる。その技術の確かさにおいて、「大衆文学」プロパーの書き手も 「純文学」プロパーの書き手も誰も村上さんに追いつけない(…)

 

 うーん、これでは、わが疑問の答えにはならない。さればわが疑問は的外れなのかと疑うきっかけにはなった。村上春樹の小説におけるセックスは邪悪なものの共犯者としてのものも、通常の生活におけるそれもあまり違いはないのである。描写が得意だから?

だけでもないと思うけど。

 繰り返しになるが、内田のいう村上春樹の物語構造とは、この世の邪悪なもの、不条理(暴力、壁、システムなど)に立ち向かう弱いセンチネル(歩哨)そして穏やかな日常と対立する異界、魔界への行き来などを指す。そして一番大事なのは穏やかな「通常の生活」なのだ。

 通常の生活とは小説の中に繰り返し描かれるパスタを茹でることであり、デザートとおなじような何気に軽いセックスなどだ。これが頻出するのはさして不思議ではないような気もしてきた。

 

 邪悪なものの側にあるセックス=エロス的恍惚とはどんなものかという設問の方が正しいのかも知れぬ。

 それなら邪悪なものとしての「政治的激情」とか「詩的法悦」とは何かという同じ疑問になる。

 つまりときに邪悪的なものと共犯者となるこの三つは、具体的には何だという問いである。

 

 自分としては、村上春樹の小説を読んでいて分からなかったが、知りたいものだ。

 

 村上の小説に出てくる若者たちは、例えば挨拶がわりにセックスをするが、これは普通の生活におけるものだろう。一方「海辺のカフカ」の少年は自分の母親と、それと知っていながらセックスをしたり、自分の姉かもしれない女性にセックスを迫ったりする。これは邪悪なものと共犯者となるものか。「1Q84」におけるヒロイン青豆の破滅的なそれはどうか?

 

 うーん、まだよくわからぬ。

 政治的激情、詩的法悦もそれ自体は分かるが、具体的にはどんな政治家が、詩人がもつものか、邪悪なとはどんな激情、法悦か。

 どうも村上春樹の小説は曖昧というか、あとは読者が考えろというものが多過ぎる気がする。読者はいつか答えが見つけられるかと惹かれながら読み続けるのだろう。

 内田樹の解説は読んでも混迷が深まるばかりで、確かに著者の言うとおり「ご用心」ではある。

 

内田 樹「村上春樹にご用心」を読む

https://toshiro5.blog.ss-blog.jp/2016-04-08

 


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