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岸田秀再読 その20「アメリカの正義病 イスラムの原理病 2002」 [本]

 

岸田秀・小滝透共著「アメリカの正義病 イスラムの原理病」一神教の病理を読み解く 春秋社 2002

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 ニューヨーク同時多発テロ事件,いわゆる9.11事件(2001.9.11)勃発の翌年に刊行された岸田秀氏とジャーナリストの小滝透氏の対談。

 対談者の小滝 透(1948- )氏は、ジャーナリスト、ノンフィクション作家。金沢大学法文学部文学科中退、サウジアラビア王立リヤド大学文学部アラビック・インスティチュート卒、元全共闘。

 

 この9.11事件を契機としてアフガニスタン紛争(2001-2021)が勃発。またフセインとアル・カーイダが協力関係にある可能性があると開戦理由の一つに挙げたイラク戦争(2003-2011)が起きている。爾後,アメリカとイスラムは20年以上 の長期にわたり争う。大統領はジョージ.ブッシュ、バラク・オバマ、ドナルド・トランプ、ジョージ・バイデンと4代にわたる。

 この本は、イスラム原理病とアメリカ正義病に9.11事件の原因があるとし、それぞれの解説をした上で事件後の展望をしている。事件後20年以上が経過した今読んで見ると、かなり的を射たものであると分かる。

 

 自分には特にイスラム文明について無知であり、それを知ることだけでも目が醒める思いで面白い本であった。事前に「一神教vs多神教」や「嘘だらけのヨーロッパ製世界史」などを読み、新知識を俄かに取り込んでもいたこともあって読みやすい。小滝氏と岸田氏の親和性も高いと見え、他の対談に時に見られたギクシャクも少ない感じである。

 

 本の内容は、書名の「アメリカの正義病 イスラムの原理病」(副題の一神教の病理を読み解くを含めて)という書名がそのままで好感が持てる。

 

 難しい将来展望も面白く読んだ。「文明の衝突」のハンチントンがリビア・アラブ共和国の最高指導者カダフィ(2011リビア内戦で死亡)の言、「儒教グループを代表する中国と新十字軍を主導するアメリカとの間に闘争が起きることを期待し、彼らと同盟をむすび西洋文明と戦う」を例として挙げ、これまで続いて来た文明衝突がこれからも続くだろうという展望を示す。現下のバイデンvs習近平の状況を見るに、気味の悪い展望であると言わざるを得ない。

 

 以下は読みながらメモしたもの。(岸田、小滝氏の両意見を区分していないところもある。要注意。)

 

 第一章 イスラム対西欧の深層

 イスラム誕生のメッカメジナのあるサウジ王国は西側従属。エジプト、ヨルダンも外的自己。一方のビン・ラーディン、アル・カイーダ、パレスチナの過激派、イスラム原理主義者、ホメイニのイラン、フセインのイラクは内的自己。→岸田理論。

 イスラム文明は、前近代までは西欧文明より進んでいたが、近世になって逆転しイスラム世界が西欧列強から殖民地化された。かつてはイスラムが西欧文明に貢献したのにそれを忘れているという忘恩の思い(怨み)が強い。→小滝論。

 

 イスラム教は610年、ムハンマド=マホメット40歳) が神の啓示を受け誕生した。コーラン、唯一神アッラーへの絶対帰依。アラブの多神教、ユダヤ教、キリスト教を抑える。ただし、旧約聖書は共通の聖典。

 ユダヤ教=外面的民族宗教 律法主義

 キリスト教=内面的世界宗教 信仰を内面化

 イスラム教=外面的世界宗教 律法主義 キリスト教の三位一体を批判 偶像崇拝不寛容

 イスラム指導者は兼宗教者、法律家、立法者、軍事指導者であり、これは特異である。

 

 イスラム世界にはトルコ、イランも入るが、二つはアラブではない。中東の3民族はアラブ、ペルシャ(イラン)、トルコで4番目がクルド。

 

 政治 ①国家ナショナリズム 例 エジプト

    ②アラブナショナリズム 王制打倒 アラブ連合 (故ナセル大統領) 

    ③イスラム主義

 宗教 ①イスラム世俗主義 ②伝統主義 ③イスラム原理主義 三すくみ

 政治 宗教 言語 民族 部族 経済が絡むので複雑になる。

 

 アラブは9割がスンニ派(ムハンマドの教え尊重派サウジなど)、イランはシーア派(ムハンマドの血統重視派)、イラクもシーア派が多く不安定。

 イスラム原理主義は西欧の侵略に応戦してできた。近代科学を重視するのが特徴である。

 十字軍遠征は聖地エルサレムの奪い合い。1096−1291 (11世紀末から12世紀末まで)。

 フランス王国からコンスタンティノーブル(現イスタンプール)経由でエレサレムへ。

 

 イスラムがキリスト教世界に敗北したのは、国民国家が作れなかったから。日本は曲がりなりにもできたので、植民地化を免れ近代化を実現した。アジア唯一。

 イスラムのジハード(聖戦)は、防衛ジハード=義務型と攻撃ジハード=自主参加型の二つ。

 アラブの家・イスラムの家・戦争の家=異教徒の家 の三層構造。

 

 イスラムのニューヨークテロの見方は、律法学者①自殺=神の奴隷である人の自殺は大罪②殉教=原理派法学者と分かれる。

 アフガニスタン(オマル、ビン・ラーディンがトップ)→ソヴィエト侵攻時、パキスタンで原理主義を叩き込まれたタリバンが過剰反応、先鋭化した。

 イスラム原理主義(アラブ主義でなくイスラム主義)は軍事突出型で西欧への対抗意識が強く、技術、国際金融マネー操作で攻撃する。以上小滝。

 

 岸田 ドイツのナチズムは底にヨーロッパ深層のキリスト教への反発がある。第一次

大戦敗北後、政治、経済破綻し、退行現象が起きて全能感と誇大妄想(アーリア民族神話)に陥る。

 キリスト教国の反ユダヤ主義は、西欧人が、ローマ帝国にキリスト教を押し付けられた恨みを強いキリスト教でなく、弱いユダヤ教(キリスト教の生みの親)に向けた。恨みの転移(いじめっ子の心理)だ。

 

 イスラエル国家は、近代ナショナリズム、シオニズム(ユダヤ人の国家・文化再興運動)でできた人工国家で①ヨシュア・コンプレックス(モーセの後継者ヨシュアのカナン約束の地でのジェノサイド)②マサダ・コンプレックス(ローマ帝国により最後の砦マサダ陥落、2千年にわたるディアスポラ=離散の始まり)③アウシュヴィッツ・コンプレックス(国を失えばホロコースト=民族殲滅)の三つのコンプレックスがある。小滝

 

 アメリカは自らをイスラエルと同一視、同じ人工国家で経済的理由だけでなく同じ被圧迫国。インディアンコンプレックス。

 

 日本へのイスラム渡来は明治以降。日本と韓国は世界で最もムスリムが少ない。日本人は宗教を内面的、精神的なものと捉え、仏教の戒(因果律)を無視。念仏のみで救済されるとした。イスラムは人の内面はブラックボックスだから、外面に重きを置く。外面主義と立法主義。コーランとスンナ=ムハンマドの慣行が第一の法律で潔癖症的文明。ユダヤ教の方がより上。

 イスラム教は、集団救済。個人救済だけではダメ。神人関係=主が神、人は奴隷。日本人には、これは理解出来ない。

 

→たしかに自分もそうだが、日本人は宗教を心、精神など内面的なものと考えているが、当初の仏教、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教は戒、律といった外面を重要視する点で大きな違いがある。外面は相対化するとすぐ分かるが、内面はどんなにゆるめても外からは見えないので分からない。日本人の宗教観はゆるゆる。神道、浄土宗しかり。なるほど目からウロコだ。

 

第二章 文明の衝突の未来

 アメリカの正義病は、度し難い。積極的に敵を作らないと正義が成り立たない。。

 アメリカの膨張思想は、マニュフェスト・デスティニー(明白な運命)。国際警察力、世界の指導者、グローバルスタンダード。精神分析治療を受けて脅迫神経症が治るのが人類の希望だが、難しい。

 イスラム原理主義は、近代化は困難。戒律を社会規範化しているのでムリ。女性の労働力活用もムリ。インシャラー社会、世俗改革は反イスラムのレッテルを貼られて殺される。他方、軍隊は計算合理的。ニューヨークテロも綿密な計画の下に実施。イスラエルと戦い学んだ。悪魔と戦い悪魔となった。

 

 西欧キリスト教が正義病と脅迫神経症に駆られ、世界征服を目指している。他の文明は西欧キリスト教文明にレイプされ、内的自己と外的自己に分裂しキリスト教文明に従属している。しかし、内的自己は機を見て復讐しようとしており、イスラム文明が代表的、尖兵となって暴発、9.11同時多発テロに及んだ。ハンチントンのいう「文明の衝突」でもある。

 日本の内的自己の暴発である日米対戦は「早過ぎた応戦」。日本赤軍も同じ。中国の文化大革命は内的自己の暴発。アジアのマレーシア首相マハティールの東方政策は、大東亜共栄圏構想と瓜二つ。

 リビアのカザフィは「アメリカの新十字軍と儒教グループの中国との戦いに期待する。われわれイスラム教徒は中国を支持する」と言った。(ハンチントン「文明の衝突」)

 

 これからノーガードの戦いに突入する可能性がある。

 

 ニューヨークテロへの日本の対応 

 ビン・ラーディン、フセインは、日本はアメリカに原爆を落とされたのになぜアメリカに味方するのかと言う。かといってタリバン、アル・カイーダを応援する気にはなれない。外的自己で面従腹背、渋々アメリカ後方支援するしかないか。自衛隊の派兵は無給の傭兵か。一方で日本国民はアメリカを支持してもいない。アメリカもテロをやっている。

 

第三章 一神教という病理

岸田 差別され、抑圧され、追い詰められ、虐待搾取され、屈辱と苦難、滅亡の危機に直面して作った宗教がユダヤ教。全知全能の神のもとに共通の規範ですべての人を支配する構想は、支配されて屈辱を味合わされた人しか思いつかない構想だ。報復主義、攻撃、差別的、強い団結心、正義を独占する。悪を外に追い出す、敵を外に作る。外敵がいなくなると内に敵を作る。外敵が強すぎると弱者の敵に向かう。マルクス主義も同じ。

 キリスト教が聖俗分離したことが、イスラム教を文化的に追い越し、先進出来た理由。 西欧の神殺しと理性主義。神が死ぬと欲望のブレーキが効かなくなるが、組織力は持続する。

 理性は神と違い抑止力にならない。理性で核兵器まで作った。欲望の奴隷になった。

 ヨーロッパで聖教分離ができたのは、キリスト教が押し付けられたものだから。ずれ、隔絶、抵抗を感じて自分と宗教の間にしっくりしないものを感じる。宗教の相対化へつながったから。

 イスラム教は、キリスト教の支配からの解放であって、他からの押し付けでない。

 

小滝 日本軍、企業の共同体病理は同じ。どちらも擬似血縁幻想。

 

→企業も身内の論理を優先し不祥事を起こす。日本軍の部隊長重視によるチグハグな軍事作戦実行と軌を一にする。

 

岸田 一神教は人類の害毒。一神教は非常に便利な発明であったと思うんです。一神教を信じていれば精神的には最も安定しますから。精神分析的に言えば一神教を解毒するには一神教が信徒に保証している所の精神的安定や統一感を、いかに他のもので代償するかという非常に難しい問題になりますね。これはなかなか出口が見つからない。p247

 

小滝 一神教を治療するには木を植えることだ(梅原猛) 。精霊崇拝は森林で起き、森林を伐採してキリスト教化した。さらにその結果クマネズミが発生し、ペストが蔓延。環境問題は大地母神の復讐だ。

 大地母神の復活。父権社会から母権性社会へ。地球環境問題、フェミニズムが世界を救うか? アメリカは京都議定書を認めない。地球汚染の最大級の元凶なのに。

 

→木の植栽、フェミニズム母なる大地母神の復活、これはあたりとは思うが、具体的解決策になるかどうか。心許ない。

 

あとがき

岸田 ①キリスト教学者八木誠一(「自我の行方1985」)、②仏教学者三枝充悳(「仏教と精神分析1982」中野区図書館に無し。残念。)、③イスラム教学者 小滝透(本書2002)各氏との間で唯幻論と三大宗教論の議論が出来た。イエスのお導きか、釈迦の因縁か、アッラーの思召しか。

 

小滝氏のまとめ。

 イスラム世界 ①十字軍で負ったトラウマ②中世から近代史的経緯 師弟関係の逆転 西欧がイスラム世界を植民地化。イスラムの貢献の忘恩③現代的諸問題パレスチナ問題で西欧がイスラエルに与する。サウジ(イスラム聖地)にアメリカ軍が駐在。イラク(イラクムスリム)への経済封鎖。

 アメリカ ①ヨーロッパにおける幼児体験(被差別、抑圧、困窮)②移住先でのインディアン虐殺の正当化、西アフリカからの奴隷輸入、南北戦争、戦争裁判、対外戦争による領土拡張(フロリダ.テキサス・カリフォルニア.ハワイ)、マニュフェストデスティニー(明白なる運命)、アメリカ建国神話 対外拡張政策。

 

 この結果、アメリカとアル・カイーダ(イスラム文明の内的自己の代表)=文明間衝突。

 

 大航海時代(15世紀半ばから17世紀半ば)に始まった文明間衝突は、これまで延々と続き、さらに新たな文明間衝突が起きようとしている。西欧文明vsイスラム文明、儒教文明だーハンチントン。

 

読後感

 イスラム世界歴史と現実の基礎知識が乏しいことを思い知らされた。それだけに、この本で得た知識は貴重である。まだまだオスマン トルコのことやモンゴル、インドのムスリムなどもっと知りたいこと、学ばねばねばならぬことが山ほどある。

 

 9.11事件から20年以上経ったが、その間に起きた世界の出来事を振り返って見ることは、多分有意義だろうと思う。ただ、あまりにのんびり暮らしてきたので、この20年来の中東やアフリカ、ヨーロッパで起きた数々の紛争等のことを知らな過ぎるが。

 

 今のロシアウクライナ侵攻は、ソビエト崩壊後のロシアの植民地失地回復だと言われている。また、ロシアの汎スラブ主義ないしはロシアを中心とするユーラシア主義への欧米諸国の圧力が原因とも言われてるようだが。いずれにしても、アメリカ、ヨーロッパNATOとロシア、中国の対立の様相を呈している。中国が入れば文明間衝突とも発展しかねないのだろうか。

 

 文明間衝突だけでなく、伝統的なナショナリズムの対立も世界には、モンゴル、チベットなど沢山存在する。それらも全て火薬庫だ。

 いずれにしても世界は核兵器を持ってしまっており、廃絶の道筋は全く立っていない以上、常にその使用の危険に立たされている。この20年来核兵器使用まで至らなかったことは単に僥倖であったと言うべきだろうと思う。

 

 さて、アメリカの正義病、イスラムの原理病は言い得て妙だが、日本は何病と言ったら一番当たっているだろうか。日本が良いと思っているが実は傍目には×××病、うーん、このネーミングには深い洞察がいる。

 

 日本の適当(テケテケ)病、日本のナマコ(海鼠)病、日本の和氣(貴)病、日本[新月][新月]病…。今はぴたりとおさまるものを思いつかない。

 

 福岡弁で「適当に」は「テケテケに」と言う。

 

 なまこは美味しいが、食べたことのないものには、気味が悪い。顔なしで後先不明、棘など無いが骨もない。あたっていないことは無いが、正義病、原理病の名前には負ける。


 

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