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オオミズアオ [自然]

 散歩中に老人ホームの裏で、藪蘭にとまり翅を休めている蛾を見つけた。大きいので目立つが、名前は知らない。写真を撮り検索すると、ずばり出てきた。
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 オオミズアオ(大水青、学名 Actias alienaは、チョウ目ヤママユガ科に分類されるガの一種。北海道から九州にかけて、国外では朝鮮半島、中国、ロシア南東部に分布し、平地から高原まで生息域は広い。種名にギリシア神話のアルテミスが使われている。古い一名としてユウガオビョウタンと呼ばれていた。
近縁種にオナガミズアオがいるが、翅や紋様からするとこちらはオオミズアオのようだ。

 なお、ガ(蛾)とは節足動物門、昆虫鋼、チョウ目は(鱗翅目、ガ目とも)に分類される昆虫のうちのうち、チョウ、(具体的にはアゲハチョウ上科、セセリチョウ上科、シャクガモドキ上科を除いた分類群の総称だという。
 日本にはチョウ目の昆虫が3,500種類知られているが、「チョウ」と呼ばれるものは250種類にすぎず、他はすべて「ガ」である。世界全体で見ると、ガの種類数はチョウの20 - 30倍ともいわれている。チョウとガに明確な区別はないらしい。翅を立てて止まるのがチョウとおしえられたが、蛾にもそうするのがいるという。

 系統分類学的にはチョウは蛾の一部というし、外国の言葉では二つを区別していないところもあるらしい。
 我が日本人はしっかり区別し、どちらかといえばチョウの方を好む人が多いのではないか。

 歳時記では蛾は夏。天蛾(すずめが)、山繭、夕顔別当、白髪太郎、天蚕(やままゆ)などとも。

    例句 蛾のまなこ赤光なれば海を恋う 金子兜太

 チョウは春。蝶々、胡蝶、初蝶、紋白蝶などとも。ただしアゲハチョウのような大型種は夏。秋の蝶、冬の蝶、凍蝶(いてちょう)も季語である。

    例句 うつつなきつまみごころの胡蝶かな 蕪村

 蛾というと、自分などは中国の名山峨眉山を思い起こす。虫偏でなく、高い山の意の山偏の峨眉。二つの美しい山頂を眉と見立てた。  

 李白の詩では、峨眉山は山偏でなく女偏になっている。虫偏の蛾眉は蛾の触角のように細く弧を描いた美しいまゆ。転じて、美人。

娥眉山月半輪秋 娥眉山月,半 輪の秋
影入平竜江水流 影は平芳江水に入 りて流る
夜発清渓向三峡 夜,清 渓を発して,三 峡に向う
思君不見下渝州  君を思えども見えず,渝 州に下る。

  藪蘭にオオミズアオの大褒章  杜 詩郎  

 ミズアオというが、どちらかと言えば黄色に近いからさしずめ黄綬褒章といったところか。
 黄綬褒章(おうじゅほうしょう)は「業務ニ精励シ衆民ノ模範タルベキ者」に授与される。「農業、商業、工業等の業務に精励し、他の模範となるような技術や事績を有する方」に授与されるという。
 それとも紫色の綺麗な藪蘭だから「学術芸術上ノ発明改良創作ニ関シ事績著明ナル者」に授与される紫綬褒章(しじゅほうしょう)がふさわしいか。
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「ザ、キャッチャー イン ザ ライ」、「グレート ギャッビー」、「ザ ロング グッドバイ」を読む [本]

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 村上春樹訳でJ.Dサリンジャー(1919〜2010 91歳没)の「The Catcher in the Rye (1951)」、スコット フィッツジュラルド(1896〜1940 44歳没)の「Great Gatsby(1925)」、レイモンド チャンドラー(1888〜1959 70 歳没)の「The Long Goodbye(1953)」3冊を続けて読んだ。20世紀のアメリカ文学に限らず外国の小説など殆ど読まないのだが、村上春樹の小説を読む延長のような感じで読む気になった。周知のように訳者はこれらの小説を高く評価しており、彼の小説に大きな影響を与えていることに疑いはない。

 「ザ、キャッチャー イン ザ ライ」は青春小説、「グレート ギャッビー」は大人の恋愛小説、「ザ ロング グッドバイ」はハードボイルドミステリーと言ってしまえば身も蓋もないが、名作の長編小説の中身と特徴を良く表していることも事実だろう。
 「キャッチャー…」は世の中をすべてインチキと感じる多感な青年が、なろうことなら遊んでいる子供が崖から落ちるのを助ける見張り役になりたいと願う。村上春樹の小説の多くに登場するセンチネル、歩哨である。崖は村上のいうセンチネルの対極にある「邪悪なもの」であろう。
 「ギャッビー…」は女を失った男、よりを戻そうとする男、格差や差別などが描かれる。これも村上春樹の小説にたびたび出てくる。女が男を犠牲にして生き残る、といった村上小説があったかどうかはおぼえていないが。
 「ロング グッドバイ…」はミステリーの古典になっているだけに読んでいて飽きない面白さだ。村上春樹のプロットなしの書き方もストーリーがミステリー風になるが、念入りに仕立てられたそれとは似て非というものだろう。

 三つの小説は無論別物、それぞれの特徴があるが、村上春樹の訳のせいか文章、文体、日常の暮らしの表現など共通するとまではいわないものの、似た雰囲気を醸しだしているところがある。そう感じるのは、自分が3冊同時に読んだせいばかりだけでもなかろう。訳は原作家になり切ることもあろうが、演じ切っても訳者の言葉でしか表現出来ない。訳者の色がでるのも当たり前だろう。
 英語で読まない限り、やむを得ないことだが、しょせんサリンジャー、フィッツジュラルド、チャンドラーそのものを読んでいるのでなく、村上春樹を介してしか読んでいないと思い知らされる。

 あまり間をおかずに読んだからという理由以外に、3冊のうちどれが一番心に響いたかという問いは、ナンセンスというものだが、自分にはやはり「キャッチャー」の印象が強い。若い時のことは歳をとるほど鮮やかになると見え、あのなんとも言えぬ苛立ちのようなものを思い起こすのだ。人によってその年齢は違うのだろうが、誰もが経験するいわば危険な時だ。
 間違えば心を病みそう気がする時期とも言える。決していい時期とは思えない。加齢とともにそれをやり過ごしつつ、生活にかまけて忘れるが、苦味を帯びて時折り思い出す。歳をとると次第に嫌な思いは、変質するような気もするが、甘い青春の思い出などと言うのとは異なる。
 主人公の妹の存在で嫌なエンドにならなかったのは救いであり、後世の多くの読者を得ているのはめでたいことだとしみじみ思う。



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弟切草(オトギリソウ) [自然]


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 最近の新築戸建ては、大きな家(一戸建)の代変わり跡地が再開発されて、数軒がひしめくのが多い。郊外の工場跡地などに建てられる場合は、数十軒の整然たる街区が出来るのに比べ、軒を接しているのが辛そう。
 建物も一部3階建てにしたり、狭い敷地になるがうえの有効活用に心をくだいている。
 それでも大抵の家には、狭いながらオリーブなどメインツリーが植えられ、そばに草花が添えて植えられる一角がある。
 散歩中に、うん?という草花を見つけた。見たこともない実をつけていたので調べると弟切草(オトギリソウ)だった。しかし、花の写真を見ると、あ、これなら、あちこちで見かけたなと思う。当たり前ながら、植物は花、実、葉、木それぞれの顔を持っているが、ひとはそのうちどれかしか見てないし、全てを覚えている訳ではない。

 日本漢名は「弟切草」と書く。ネットによれば10世紀の平安時代、花山天皇のころ、この草を原料にした秘伝薬の秘密を弟が隣家の恋人に漏らしたため、鷹匠である兄が激怒して弟を切り殺し、恋人もその後を追ったという伝説によるものである。よって花言葉も「恨み」とか。
 雄しべが大きく明るい黄色の花がたくさん咲く半常緑樹。5月から6月。7月には桃、ピンク、黄色の果実が続き、秋には黒くなる。太陽や部分的な陰、水はけの良い土壌に最適とはネットの苗木屋さんの言。 フラワーアレンジメントに最適とも。
 学名はヒペリカム 止血薬などになる。

 話が脈絡もなく別のことに飛ぶが、最近本で「…AはBと兄がりがたく弟たりがたし」という言葉があることを知った。あまり頻繁には使われていないように思う。そのせいか、あるいは不学のせいか、この歳になって初めて知った。
 AとBは甲乙つけがたいとか、どちらが上か分からない、というときの言いまわしのようだ。幾つになっても物知りにはほど遠いなとつくづく思う。

 ところで、さらに話が飛ぶけれど、自分は兄になったことがなく、弟の身分だったので、舎弟の気持ちはわかるが兄の気分というのは想像するしかない。優越感のようなものもあるのだろうか。あるいは保護者的な気分。
 2歳上の兄を亡くして、はや数年になるが、最近しきりに兄のことを思い出すことが多くなったような気がする。一例をあげれば、自分は小中高を通じてほとんどいじめのようなものを経験したことがない。小中高とも同じ学校だったので、いつも2学年上に兄がいたせいだな、と有り難く思い出したりしているのである。      
 弟切草(オトギリソウ)どころか、弟守草(オトモリソウ)だ。
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ベルナール カトラン [絵]

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 山本佳子画伯のブログを読んでいたら、絵画教室でベルナール カトランの絵を使って色彩の授業をした記事が載っていた。
 自分は恥ずかしながら、ベルナール カトランなるフランスの画家を知らなかった。
 先生の教授法が面白そうだったので、早速ネットでにわか勉強すると、ベルナール・カトラン(Bernard Cathelin,1919-2004)は、花瓶に活けた花の絵を好んで描くフランスの画家だった。しかも、日本が大好きということでも高名らしい。
 瓶の静物画のジョルジョ モランディ(1890〜1964 伊)なら聞いたことがあるのだが、普段絵画は好きだと言っている割に底が浅いと再認識した。

 先生の授業はカトランの絵の構図を使って、花、花瓶、果物、テーブル、背景などの色彩を変えて生徒に配色などを考えさせるという講義のようだ。
 アイパッドのお絵かきアプリで、水彩画の下描きを取り込み、絵具で背景の色を塗る前に、いくつか色を試して見るということを時々やるがそれに似ているかも知れないと思った。

 面白そうだなとカトランの絵(リトグラフ)をアプリで模写してやってみた。
 アイパッドのお絵かきアプリも最近はかなり使いやすく改良されているので、パーツごとに色相、彩度、明度を自在に変えることが可能になっている。マックも無く、本格的なデジタルドローイングソフト(イラストレーターなど)はなくてもお絵かきアプリで大丈夫である。
 花、花瓶、果物、果物籠、テーブル、背景左右、中などの色を変えて見るがどういう配色が良いのか(どう考えて色を選ぶのか)がわからない。
 基礎的な知識がないのだから当たり前ではあるが、山本先生の授業を受けたいと痛切に思った。(一度東京で先生の不透明水彩の単発講座を受けたことがあるのだ。単発講座の画家の先生方は、7〜8名になるけれど皆さん優れた方々ばかりだったが、中でも山本先生は素晴らしいレッスンをされた。綺麗なお嬢様が助手をつとめておられたのも、微笑ましく印象に残っている。
https://toshiro5.blog.ss-blog.jp/2016-07-22)
 今更色彩の勉強をしても遅いし、これまでもそうしてきたように、好きなように描けば良いとは思うのだが。
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 ところでネットによると、カトランに「俳句十選」という版画があると知り、俄然こちらも興味が湧いた。
 画家は日本が好きというが、俳句を理解し、俳画を版画でものすというのは相当なものである。日本好きなフランスの画家といえば妻 ローラ節子も知られたバルテュス (Balthus 仏 1908〜2001)がいる。源氏など古典文学だった記憶があるが、俳句、俳画まではさてどうだったか。

 その十句は以下のとおり。選句はその人の力を示すと言われる。
当方はこの中で芭蕉の此道や行人なしに秋の暮、一句しか知らなかった。また、周斎などという俳人も知らなかった。自分は俳句も好きと言いながら、こちらも底の浅さを露呈したていである。
 句と絵を相互に眺めると、絵は句を良く理解して描かれていると素人目にも分かるし、誰にでもよく分かる絵を句に配しているな、と感心する。
 中でも蕪村の牡丹の句は、客がいっとき絶えた床の間の静けさを詠んだものであろうが、カトランの好きな構図を用いた絵が付けられてそのコラボが秀逸で好ましい。

菜畠に花見顔なる雀かな  芭蕉

春の水ところどころに見ゆるかな 鬼貫

畫にかいたやうな雲あり初日の出  周 斎

涼しさや青田の中の一つ松  子 規

島あれば松あり風の音涼し  子 規

寂として客の絶間のぼたんかな  蕪 村

此道や行人なしに秋の暮  芭 蕉

秋の山一つ一つに夕べかな 一茶

野に山に動くものなし雪の朝  千代尼

馬をさえながむる雪のあしたかな 芭蕉

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やれ八十路雪の夜の夢横枕 [詩歌]

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 横枕は栃木県那須烏山市にある地名。歌枕ではない。
 平成の大合併前は那須郡烏山町横枕。さらに古くは境村大字横枕。
 知る人は少ないだろう。不思議な地名ではある。
 地図には載っているが、謂れは聞いたことがない。やはり地図に載っている三斗蒔(さんどまき)という地名が近くにあり、そこが山峡の1番奥だった。
 しかし、自分にとって横枕は、疎開の地で18歳までそこで暮らしたからいわば故郷、故園の地である。
 上皇の疎開の地は日光であるが、同じ県ながら比較してもおよそ意味がない。

 八溝山系の典型的な中山間地域、戦争は銀紙のようなものがパラパラと降ったことがあった記憶が、微かにある程度でほとんどなかった。母の実家を疎開地とした父の選択は、その点正解だったと言えよう。
 疎開は学童疎開、集団疎開、縁故疎開など様々ながら、経験したものはそれぞれ忘れることの出来ない思い出を持って戦後を生きた。
 地名というのは、「日本人のお名前!」ではないが、それに劣らず実に面白いものである。市町村合併で消えていくのはまことに惜しい。
 昔の大字、小字さらにもっと狭くても地名はある。それぞれの地域の暮らしの中で付けられた地名だから、人の暮しや歴史の息づかいを感じるものもある。
 転勤暮しで地方生活をすると、時折りへぇ、という地名に出会うことが多い。九州大分日田などに特に多かった覚えがある。

 俳句や和歌に地名を読み込むのは多いが、だれでも知っている地ならともかく、知らない地を詠んでも読む人には何も想起しないので味気ない。歌の方が有名になればその地は歌枕になるが。

 かくしてこの句は、せっかく「や行」だけを使ったのに、それだけの駄句に堕し、遺憾ながら横枕は歌枕にはならない。

 初案は やれ八十路 雪に酔ふ夢 横枕
 花に酔うという言葉はあるが、雪に酔ふはありそうでないだろうと考えた。なお未練がある。
 かの地は冬底冷えがきついが雪は年に数度しか降らなかった。

 絵はアイパッドアプリで描いた。右上が疎開した母の実家竹の入(屋号)の家。

(参考)那須烏山の記(一〜四)
  https://toshiro5.blog.ss-blog.jp/2015-12-10
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