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このあじさいの名は何? 番外編 ヒメアジサイ Makino [自然]


 朝ドラの主人公のモデルとなった牧野富太郎博士(1862?1957)の命名というヒメアジサイ。ネットの画像などを見ると確かに綺麗でかわいらしいが、ごく普通のアジサイである。

 そこら辺に植栽されているのかどうか知らないが、まだヒメアジサイと名前を確認して見たことはない。花の名前を先に知っていて、どんな花なのかこの目で確認したい時は、どうすればいいのか。

 

 ネットでヒメアジサイと入力して検索すると六甲山のヒメアジサイ、北鎌倉明月院のヒメアジサイ、練馬区「牧野記念庭園」のヒメアジサイなどの画像が出てくるから、それと似ているかどうか分かれば良いのだが、区別できるほどの特徴がない。(ような気がする)


 サラリーマンだった頃、子供のためではなく、自分の気分転換用(気晴らし用?)にと(仕事とはまったく関係がない)牧野日本植物図鑑(北隆館)を買ったこと、をふと思い出した。

本棚から引っ張り出して、あらためてみると、1060ページ(プラス77ページの学名解説)の大冊で、分厚くずっしりと重い。口絵の数枚を除き、モノクロの手書き絵であるところが特徴的な図鑑である。これがたぶん石版印刷であろう。(のちに北隆館から着色したものが発刊されたらしい)

 

 今回、「序」を読んでこの図鑑が1940年(皇紀2600年)7月の発刊だと初めて知った。この年は自分の生年であり、翌年が真珠湾攻撃つまり日米開戦である。このとき博士は78歳、序にこう記す。

 

 序 

 鳴呼,皇紀二千六百年,會々國難非常ノ秋ニ際シ、小生特=此記念スペキ新著ノ本 書ヲ完成シ、茲ニ初メテ其公刊ヲ見ルニ至リシハ至幸中ノ幸ト調フベク、熟ラ既往 ヲ追懐スレバ則チ轉タ感概ノ切ナル者ガ無ンバアラズデアル

 小生ハ我が少壯時代ヨリ疾ク既ニ植物圖志ノ本邦ニ必要ナルヲ痛感シ、逐ニ意ヲ決シテ明治廿一年ニ『日本植物志圖篇』ヲ發行シ、次デ『新撰日本植物圖説』並ニ『大

日本植物志』等ト逐次ニ公刊シタノデアッタガ、此等ハ皆不幸、中道ニシテ停刊ノ悲 運ニ遭遇シタ、大正十四年二『日本植物圖鑑』ヲ著ハシタ事モアッタガ、是レハ固ヨり我が意ヲシテ満足セシメ得ル勞作デハ無ク、ソハ畢竟一時臨機ノ應急本タルニ過ギ

無カッタ、故ニ早晩之レヲシテ絶版センムベキ機運ノ 到來スルノヲ俟テヰタノデアル ガ、遂ニ今日其待望ノ好期ニ際會シタノハ私ノ最モ欣ブ所デアル 以下略

                        昭和十五年七月

                       結網学人 牧野富太郎

                       録絛屋ノ南寓下ニ識ルス

 博士の号は結網子(けつもうし)だから結網学人(けつもうがくと)。

 録絛屋の「録」と「寓」はこの字ではなく、iPhoneのスキャナーアプリでは読み取れなかった。

 結網とは、文字通り網を結うことで中国の史書「漢書」にある言葉。「古人曰うあり、淵に臨みて魚を羨まんよりは、退いて網を結ぶに如かず」(淵に立って魚を得たいと願うよりは、家に帰ってそれを獲るための網を結ったほうがよい=何事も実行第一)?実践を重んじる博士らしい号ではある。

 

 この図鑑の、あじさい(学名Hydrangea*)の項は、957 がくあじさい、958 あじさい、959 ひめあじさい、960べにがく、961 やまあじさい、962 ほそばこがく、963 こあまちゃ、964 がくうつぎ、963 こあじさい、966 たまあじさい、967 やはずあじさい、968 のりうつぎ、969 つるでまり、の13種(いずれもユキノシタ科)が収録されている。他に971 くさあじさいがあるが、あじさいの花に似ているだけで別種である。

*学名解説は次のとおり。Hydrangea hydor(水)angeion(容器) さく果の形からきた名 ユキノシタ科

 

 このうち959ひめあじさいは、学名のなかにMakino(serata Makino var.amoena Makinoが入っているので牧野博士が名付け親とわかる。「庭に栽培される落葉低木で、まだ野生は見られていない。中略 [日本名]花が普通のアジサイより女性的で優美なので姫アジサイとなづけたもの。」とある。

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牧野日本植物図鑑(北隆館)よりひめあじさい
 
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ウキペディアよりひめあじさい

 他のネット情報によれば、ヒメアジサイは、エゾアジサイの花序全体が装飾花になったもので、1929年に牧野富太郎が長野県戸隠付近で見たエゾアジサイの品種に命名したとある。このエゾアジサイは牧野日本植物図鑑には無い。ウキペディアには、「エゾアジサイ(蝦夷紫陽花[学名:Hydrangea serrata var. yesoensis)は、アジサイ科アジサイ属の落葉低木。別名では、ムツアジサイともよばれている。植物分類学ではでは、ヤマアジサイの変種とされる。」とあるので961やまあじさいの変種の変種と見て良いだろうと思う。

 

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エゾアジサイ ウキペディアより

なお、958あじさいは、「もとガクアジサイを母種として、日本で生まれた園芸品である。中略[日本名]「あじ」は「あつ」で集まること、さいは真「さ」の藍の約されたもので、青い花がかたまって咲く様子から名付けられたもの」とある。 こちらは学名(Seringe var.Otakusa Makino)のなかにMakino とOtakusa が入っているが、その理由は不明。 Otakusaは例のシーボルトの妻おタキさんから来ているのだろうが。

 

 あじさいの母種である、957がくあじさいの学名(Hydrangea macrophylla Seringe)にMakino の名前が入っていない理由も分からない。

 

 他にMakinoの名前が入っているのは、次の四種。

 960べにがくserata Makino var.Japonica Makino [日本名] 紅額で、紅色のがくを持ったアジサイという意味。

 961やまあじさい serata Makino var.? acumuminata Makino北海道、本州、九州の山地に多いので日本名は山アジサイ、沢アジサイという意味で名付けられた。

?962ほそばこがく serata Makino var.angustata Makino [日本名]小額で、小形のガクアジサイという意味。

 963こあまちゃserata Makino var.Thunbergil Makino [日本名]アマチャは葉を乾かすと非常に甘くなるが、それで甘茶をつくるからである。

 

 あじさいの名ひとつ例にとっても、いやはや複雑で素人には良く分からない。まして学名や花、葉、茎、根、樹形などなどになると区別もつかない。しかも植物の種類は多く牧野博士の偉業たるや凄まじいと驚くばかりである。

 

 青空文庫で博士の著書、自伝などが読めるが、ここしばらくは、のんびり連続テレビ小説を愉しむだけにしよう。


 

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このアジサイの名は何? ⑩きらきら星 [自然]

 

 きらきら星は栃木県農業試験場が改良して作った、ガクアジサイの品種。ジャパンフラワーセレクション2014-2015の、鉢物部門で入賞した品種という。

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撮影日2023/6/13

 アジサイのきらきら星は2021年6月このブログで紹介したので2回目となる。

 アジサイらしくアジサイらしかぬというと変だが、何となく味のある花で好ましくて再登場して貰った。

 

 前回も同じ団地内の一角(今回とは別のところ)に咲いていたのを撮影して検索した。

 

https://toshiro5.blog.ss-blog.jp/2021-06-16

 

 

 確信度は5段階の5にしても良かろうと思う。


 

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このアジサイの名は何? ⑨ノリウツギ [自然]

 

 ノリウツギ(糊空木、糊樹、学名: Hydrangea paniculata )は、アジサイ科アジサイ属の落葉低木。別名サビタノリノキ(糊の木)。中国名は水亞木 (別名:圓錐繡球)。樹液を和紙を漉く際の糊に利用したため、この名がついたという。

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 牧野新日本植物図鑑(1940)によると次のようにサビタの記述があった。

「[日本名]ノリウツギとかノリノキという。幹の内皮で、製紙用ののりをつくるからである。また北海道ではサビタという。それでこの根からつくるパイプを“さびたのパイプ”という。変種に花序が装飾花ばかりからなるものがあり、これをミナヅキといい、庭園に植えられる。」

 

 アジサイの開花は6月だが、ノリウツギはアジサイの花がそろそろ見ごろの終わる7月が花の季節(写真撮影日2023/7/4)。

 ノリウツギの園芸品種ミナヅキは「ピラミッドアジサイ」として広く流通している。

 

 カシワバアジサイ・スノークィーンは、一重咲き品種で円錐形の花が上向きを保つので、このミナヅキとよく似ているが別種のようだ。


 

 検索結果の確信度5段階の4か。

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岸田秀再読 その12 「唯幻論大全」 2013 (2/2) [本]

 

 岸田 秀再読 その12 「唯幻論大全」 2013 (1/2)からの続き

 

「近代的自我を目指した知識人 夏目漱石 自己本位と則天去私の間を揺れ動き解決せず終わった。

 対人恐怖(日本人)、対神恐怖(欧米人)=近代的自我、主体性、理性的 いずれも幻想」

 

・文豪もカタナシ。

 

「自制の文明(人類存続の唯一の道)をアメリカに教えられるか? 自制の箍を外した=日本の近代化」

 

・江戸時代は自制の良き時代だったという。アメリカは説得されたら、自国の存在根拠を失い崩壊するから無理。とすると?

 

「進化論は生物の進化を説明する自然科学理論というより、イデオロギーである。ダーウィン理論と今西棲み分け理論=和をもって貴しとする。

 ダーウィニズム生物進化の理論を超え社会的ダーウィニズムとなり弱肉強食、人種差別、植民地主義、帝国主義を正当化するイデオロギーになった。欧米諸国が先住民を虐殺し絶滅させたのは欧米文化の犯罪でなく、生物学の適者生存の法則にしたがっただけ。となる。

 今西イズム 共同生活のため対立をせず棲み分けて無関係に暮らすのが良い、という和のイデオロギーである。」

 

・なるほど。イデオロギーね。特定の政治的立場に立った考えということか、勉強になる。

 

「民族や国家を動かす最強の動機は屈辱の克服。そのため別の誰かを差別、差別された者が屈辱に反発する連鎖が歴史を形成するという仮説=史的唯幻論。」

 

・なるほど。差別がすべてのもとだが、この差別がどうして生まれるのか、差別の自由の有無などが問題。屈辱の抑圧、一時的沈静化そして暴発その連鎖ー救い難い。

 

「ストックホルム症候群(1970 年BK強盗に人質が協力した事件)。

 外国を憎悪し軽蔑し排除しようとする誇り高い誇大妄想的な内的自己から外国崇拝外国のようになりたいとする卑屈な外的自己への反転=戦後の日本」

 

・なるほど。単なる身の保全、無意識の自己防衛、個体維持本能では無いのだ。

 

第三部 セックス論

 例によって斜め読み。読み飛ばした箇所があるかも知れない。

 

「まずリビドーが自分の中にとどまっている自己性愛期があって、その後リビドーが外へ向かう対象性愛期が来ると言うフロイトの性発達過程の図式は、このことを指している。これは人間に特有な過程である。この性欲の非対称性は本能に基づくものではなく人間特有の文化的条件に由来している。

動物雄が派手、雌が地味、雌が雄を選ぶ 人間は逆 女が派手男が地味 男が女を選ぶ。」

 

・本能が壊れたとする証拠を探して涙ぐましいものがあるが、延々と繰り返し展開される性的唯幻論とエピソードを、女性たちはどう読むだろうか、と考えても想像出来ない。性差別ととるのか、よもやよく考えてくれた、と言うことはあるまいと思うが。男である自分でも、男のことであってもよく分からないのだから、答えは女性であっても同じようなものかも知れぬ。

 

「マックスウエーバーの「プロティスタンティズの倫理と資本主義の精神」禁欲的なキリスト教の世俗化(働くために働く、貯めるために貯める)の結果産業資本家と労働者の誕生。」

 

・(歴史についてでなく)宗教と性文化に収録されているのは、少し奇異な感じがしたが、岸田氏はおおよそウエーバーの理論を認めつつ、他に重要な要素として「性、セックス」があったのに、ウエーバーがそれを何故避けているのか理解し難いと言いたいようだ。

 はるか昔の1964年、社会人になった2年目職場でこの本を使って読書会をやったことを思い出した。自分が言い出しっぺ!、マイ サラダデイである。

 

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あとがき 

「フロイトは「性理論に関する三論文」で人間の性本能が壊れたとした。それをヒントに性だけでなく、あらゆる本能も壊れたと拡大した。この三部作によって、人間の自我、歴史、セックスがまさに幻想に支えられて成り立っていることが理解してもらえればいいなぁと期待している。」岸田秀。

 

・人間の性本能が壊れたとする理論はもともとフロイトのものであり、岸田秀氏はそれをヒントにあらゆる本能(個体維持本能?)も壊れた、と拡大したことを確認。本能が壊れた結果、その代わりに幻想である自我が生まれ、文化(歴史)が生まれたーと。これも確認。

個体維持本能の代表たる食欲について、あまり触れていないのは何故だろう?。食的唯幻論があっても良さそうだが。不思議である。摂食障害、拒食症、過食症、ダイエット、断食道場、大食い競争、ゲテモノ食いなどは本能崩壊とおおいに関係ありそうだが。自我発生、文化発生をどう説明するのだろうか。

 

 さて、唯幻論理論で本能が壊れたからというのは、その後の議論展開にどれだけの重みがあるのか。読み手へのインパクトが強いことは認めるが。

 動物(生物)として進化した人類が意識、自我、文化、歴史を生み出したからと議論を始めてはまずいのか。例えば、直立歩行を始めて脳が発達したので、自我が生まれ、文化歴史が生まれたとか。それが幻想であるか、そうでないかを考えれば良い。

 性本能の特異性も、食欲の特異性も本能が壊れたからでなく、生物としての人類の特徴に過ぎないのではないか。

 

 まだフロイト理論や岸田唯幻論が充分理解出来ていないからか、残念ながらまだ自分はこのレベルにある。よる年波に思考の根気が続かず、理解力低下が著しく明らかに耄碌寸前状態にあり、これ以上再読を続けても理解できないのではと、すっかり自信喪失状態にある。

 読後感

 たしかに「大全」というだけに見出しの文章、本文とも整理されているので、これだけで岸田唯幻論の概要は掴めると思う。「唯幻論始末記」よりこちらが良いとは思うが、難は分厚いことだけである。

 

 川柳擬き

   読了の唯幻論や半夏生

 戯れ歌

   再読の唯幻論や半夏生 半知半解 半分可笑し  

 

 念の為ながら、「可笑し」は唯幻論ではなく戸惑っている自分のことである。


 

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岸田秀再読 その11 「唯幻論大全」2013 (1/2) [本]

 唯幻論大全 岸田秀 岸田精神分析40年の集大成 飛鳥新社2013 

 

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  今からほぼ10年前、著者79歳のときに刊行された589pの大冊。

 40年の集大成とあるように唯幻論を「自我論」、「歴史論」、「セックス論」の3部に整理。巻末に初出が掲載されており、原題も変えたものがあるよう。ただ集めただけでなく記述内容も補強的に加筆、加除されたところもあるが、基本的論議は変わってはいない。

 例によって、自分が気になっているところや、新たに気づいたところなどをメモしつつ通読したが、本は分厚くて手に重く閉口した。

 

第一部 自我論

「人間の本能は、生まれてから後に壊れる。このことを示す証拠はたくさんある。例えば、生まれた直後の人間の新生児の指及び掌を刺激するとひとりでに把握反射が起こる。強く握るので、鉄棒にぶら下がることができるほどである。また、新生児を支えて直立させ、床に足がつくようにすると、原始歩行と呼ばれるが、反射的に歩き出す。ところがしばらくするとこの把握反射や原始歩行の能力は失われ、1年くらいたたないと回復しない。それに反して、例えば猿においては、新生児の時に持っている把握や歩行の能力が中断されることなくそのまま持続する。すなわち、人間においては本能として持っていたこれらの能力が一旦壊れ、後から学習によって同じ能力を新たに身に付けなければならない。p49」

 

・未熟児として生まれのが、「本能が壊れた理由だ」とする説明のなかの記述。

 把握反射や原始歩行は、自然発生は系統発生を繰り返す際の一つの現象に過ぎないのでは?本能が壊れたためではなく。

 

「誰でも幼い時から親子関係の中で築いてきた自分の物語に支えられて、自我の安定を維持しているものであるが、この物語に欺瞞がなければ何ら問題は起こらない。この物語に欺瞞があり、それを隠蔽し、抑圧する時、神経性的症状が発生する。したがって、神経症を治すためには、自分の物語に含まれる欺瞞を隠蔽し、抑圧することをやめて、真実を明らかにしさえすればいいのである。ただそれだけなのである。しかしそのためにはそれまでの自我の安定を捨てなければならず、それが招く不安と恐怖を引き受けなければならない。神経症が治るか治らないかの問題は、それまでの偽りの自我の安定を捨てる決断をするしかないかの問題である。その後は、新しい真実の自分にある物語を構築してゆけばよいのである。それも容易ではないが…。」p106

 

・この論調は穏やかだが、岸田氏は人間(集団や国家も)は大なり小なり神経症である、大なり小なり狂っていると著者はあちこちで激しい口調で書いている。またそれは自己欺瞞があるからで、それを治すにはそれを直視することだが、それは自己を否定しかねないので極めて難しいとも。

 この穏やかな表現と、別のところでの激しい表現の落差は、何かと戸惑う。

 

第二部 歴史論

「時間は、悔恨に発し、空間は、屈辱に発する。時間と空間を両軸とする我々の世界像は、我々の悔恨と屈辱に支えられている。p108

 かくして、時間と空間が成立したとき、人類の歴史が始まったのである。p119

 

・岸田氏は言って無いけれど、個々人では時間と空間が成立したとき、人生が始まったのだろう。

 藤森照信 どっかヘンだぞと体と気持ちがついていかない。(中略) 頭では説得されつつも全身では困ってしまうのである。

藤森照信(ふじもり てるのぶ、1946年- )は、建築史家、建築家(工学博士)。東京大学名誉教授、東北芸術工科大学客員教授。

 米原万里 国家や文明を精神分析の手法で見ることに抵抗。(中略)かなりトンデモ本ぽい。

 米原 万里(よねはら まり、1950年 - 2006年)は、日本のロシア語同時通訳、エッセイスト、ノンフィクション作家、小説家である。「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」「オリガモリソブナの反語法」などを読んだ記憶がある。父の米原昶(いたる)氏は共産党機関誌編集長。

 

・集団、国家を個人の心理、精神と同じように扱うことへの岸田氏への批判例と岸田氏の反論が面白い。

 おおかたの読者の思いも似たようなものだろうが、自分は本件あまり違和感はないことは前にも書いたとおりである。むしろ本能が壊れた方に納得感が弱い。

 

 「しかし、史的唯幻論論は、これまでいずれの史観も納得できず、なんとなく居心地が悪かった、その居心地の悪さを解消する、わたしにとって全く好都合な史観であって、自分に好都合な虫の良い身勝手な見方を選ぶと言う点では、わたくしもかつての大日本帝国やアメリカ帝国やソ連帝国と同罪ではないかという疑問が出てくるが、少なくとも史的唯幻論は史的唯幻自体も幻想であると考えており、おのれの見方を絶対視せず、1つの正しい世界のあり方や見方などが存在しないとしている点において、他の史観よりもいくらかマシであるいうことにして、この疑問はこれ以上考えないことにする。p146」

 

・史的唯幻論もまた幻想だというパラドックス。唯一の正しい史観など存在しないと自覚しているだけマシ。これ以上思考停止。なんと素直な…。

 

「神と理性との違い 神は個人の外にあり理性は個人の内にある。共通点は全知全能。普遍性、絶対性。」

・神と理性、これがどれだけ災忌を齎したか!と言いたいのだろう。キョウレツで、キビシイ。

「フランス革命 抑圧された民衆ではないある種の人々が全知全能の理性に基づいて新しい世界を創造しようとした誇大妄想的企てであった。」

 

・抑圧された民衆蜂起の近代革命とは真っ赤な嘘。ヨーロッパ世界史の常識は欺瞞。

「道義戦争 道義の勝敗 国家存立の精神的価値の根拠 存在する価値のある国民の共同幻想で国家は成り立っている。軍事力、領土、経済力があっても国は消滅する。」

 

・道義的観点から戦争の勝敗を見直すというのは、グッドアイデアだが、その「道義」も幻想?。

 岸田秀再読 その12「唯幻論大全」 2013  (2/2)へ続く


 

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岸田秀再読その10 「ものぐさ社会論」2002 [本]

 

ものぐさ社会論 青土社 2002

 

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 唯幻論と唯脳論 養老孟司

 養老先生については説明不要であろう。解剖医。昆虫採集家でもあり、最近は都市田舎の参勤交代を主張したりしている。1937年生まれ85歳、岸田氏より4歳年下。

 

養老 私は現実とは、個人の脳が決定しているものと考えていますが、これを言うと反論が来ます。世の中がバラバラになってしまうと。それを恐れているわけです。けれど、世の中がバラバラになったのを見たことがありますか(笑)。要するに、社会というのは、現実を統制する装置として機能しているんですね。

岸田 そういう不安を持つのは、本来個別的でバラバラな存在である人間を無理に組織して社会が形成されているのを心のどこかで知っているからでしょう。人間の心をまとめるのは無理な話なのです。それぞれが勝手に現実を作っているわけですからね。ただ、普通は各個人が作るそれぞれの現実にそれほど違いがないから折り合いがついています。でも誇大妄想の場合はどうでしょうか。それを認めてくれる他者が1人もいなくても妄想は持続できるものでしょうか。

養老 スケールを大きくすればヒトラーも、中国共産党の首席も、アメリカ大統領だってそうだと思います。何億もの人間をコントロールできると考えている。これはまさしく幻想です。個人的な幻想に過ぎないものを、あるシステムが共同幻想により維持させているわけです。でもそのシステム同士がぶつかると大変なことになる。戦争はその結果起こるものだと思います。戦争を防止するには、自分の考える現実は幻想に過ぎないことをお互いに認識することです。でも、われわれは現実に特権的な地位を与えているので、それを変えるのはアイデンティティの崩壊です。ほとんどの人は抵抗するでしょう。それを保証するのは何か。私は死体を解剖していたからよくわかりますが、大きな目で見れば人間は皆同じです。

・ これを読むと養老先生が唯幻論を話している錯覚に陥いる。しかし、岸田氏は、人間と動物は本能のありようからして違うところから出発している。養老先生が同じように人間と動物は(本能崩壊を含めて)違うと考えているのか、それとも基本的には同じと考えているのか、対談を読んでもまだよくわからない。二人は近いのか遠いのか。唯幻論と唯脳論は似て非なるものか。

 

岸田 学生に質問されたことがあります。生きる目的が幻想なら、なぜ生きるのかと人間が人生に何らかの永遠の絶対的な価値を求めるのは、自分が不安から逃れるためであって、弱さの家の1種の必要悪のようなものです。例えば好きなある人を楽しませ、その喜ぶ顔を見るという一時的価値でどうして満足できないのでしょうか。

養老 私なら「そんなことを考える暇があったら体を使って働け」と言いますね。同じように学問をやって何になりますかと学生に聞かれます。そもそも生きる目的を求めるのがいかにも現代人ですね、すべてに目的があると思っている。そう思うのは都市に住んでいるからです。都市には人間の作ったものしかないから、すべては意識の中にあり目的があると考えてしまう。

 

・生きる意味学ぶ意義についての二人の見解。養老先生の特長は身体重視。脳化で出来た都市に住んでるから人間は身体(自然)を忘れるのだとする。たしかに岸田氏議論に身体はあまり登場しない。たしか吉本隆明が幻想は身体から入るとかなんとか、言っていたがあれは何かヒントになるのだろうか。

 唯脳論は限りなく唯幻論に近い感じがある。ではどこが違うのかは、この対談でも直接議論されていないので不明だが、なお、興味がある。

 

言葉を喪失した時代を考える 中沢けい(作家)

 

岸田 抑圧されているから症状に出ると言うのが神経症です。抑圧されているものを言葉に表現すれば、神経症は治ります。症状とは抑圧されているものの、非言語的表現なのですから。そもそも言葉には重力があるんですよ。交通事故などで脳が損傷を受けても、うまく言語化できると、脳の機能が回復することもありますから。言葉は栄養であり、愛情でもあります。

 

・たしか物語や小説は神経症を癒す力があると言ったのは、河合隼雄だったように記憶している。書くこと、読むことで抑圧から解放されるというのは感覚としては頷ける。

 

グローバリゼーションと精神分析 大須敏生

 

大須敏生 金融情報センター(FISC)理事長(1936〜) 1984設立 財団法人で金融機関等における金融情報システムの活用や安全性確保についての調査・研究・提案を行う。

 

 かつてサラリーマンの時、仕事で全国銀行データ通信システム(全国銀行協会)に出入りしていた頃FISCにも行った記憶があり、大須理事長の名前は聞いたことがある。

 岸田氏の著書「日本がアメリカを赦す日」をめぐって、氏の史的唯幻論を紹介する対談となっているが、特に目新しいことが話されてはいない。両氏はフランス留学の同窓生で、対談が実現したのであろう。憲法改正論議になり岸田氏の持論が展開されている。官僚OB(大蔵者金融局長)の大須氏も同調する。

 

大須 いわゆる平和憲法と言われる日本国憲法は、明らかに押し付け憲法、占領軍総司令部のアメリカ人が起草し、それを翻訳したものです。いろいろ日本人の作業も入りましたが、基本的には翻訳調の、読むにに耐えない、日本語で書かれたところが目に付く憲法ですね。

岸田 平和主義を選ぶのならば、今の憲法をやめて新しく憲法を作り、その中に平和条項を入れればいい。もっと自分の頭で考えた議論に基づいて決めるべきです。そういう平和主義でなければ、真の平和の礎にはなり得ないのです。

 

 その後侵略と謝罪の問題に移り、次の岸田氏の発言に驚かされた。氏が大江健三郎をこう見ているとは意外だった。

岸田 例えば、大江健三郎のように、自分が他の日本人たちと違って、高潔な道徳的人間であることを誇示したいだけのために謝罪謝罪と叫んでいるとしか思えないような人もいますから、本当に心から謝罪を考えている人と混同しないように注意する必要があります。

 

日蓮、現実を真に見据えた人 石川教張 ひろさちや

 

 アメリカの占領下の今と蒙古の国難下の日蓮の諫暁を材料にしている。

 岸田 見たくない現実 現実隠蔽は時代の閉塞感をもたらす。敗戦後半世紀以上なのにアメリカの占領下にある現実の屈辱を経済力があることで辛うじてプライド保持している。現実を見ている人と見ていない人の対立、不安が増大している。

 占領下にあることを認識すべし。現実を否認し、日本は占領下にあるのではない、と自己欺瞞することが、日本をおかしくしている。為政者と国民は共犯関係にある。

援助交際、いじめなどは子供が大人の欺瞞、その隠蔽に気付いているのが遠因だ。

 

・岸田氏の議論は単純にして明快。かつこの対談から20年以上経った現在(終戦からは77年経過)の我が国の状況も依然変わっていないし、よりひどくなっている。

 自己欺瞞を隠蔽することで動いている日本の歴史、見たくないものを見ることの難しさと安易な隠蔽ないし先送りへの逃避という岸田理論は残念ながら当たっているようだ。岸田理論からすれば、隠蔽した自己欺瞞はいつか表に吹き出しかねない、と歴史が教えている。

 

読後感

①養老先生は小さいとき父を亡くし、医者である母親に育てられ解剖医となったことはよく知られている。それが唯脳論の形成にどういう影響を及ぼしているのかいないのか。しかしそれをこの対談に期待するのは的外れというものだろう。

②岸田秀氏の対米従属、属国論は、米国の対中政策、ロシアのウクライナ侵攻をめぐり近年ますます深刻で危険な状態になっているように思える。

③自己欺瞞 隠蔽、抑圧そしてその暴発は人もまた国家と同じという。解決するには抑圧を正視することしかないが、自己の崩壊に繋がりかねないというのだから、厄介で救い難いとしか言いようがない理論だ。


 

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岸田 秀再読その9 「日本人はどこへゆく」岸田秀対談集 2005 [本]

「日本人はどこへゆく」岸田秀対談集 青土社 2005

 

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 生きること、考えること 池田晶子(1960〜2007 46歳6ヶ月没)

 

 池田 晶子は、日本の哲学者、文筆家。東京都港区出身。 専攻は哲学。専門用語にたよらず日常の言葉によって「哲学するとはどういうことか」を語り続けた。著書に『帰ってきたソクラテス』、『14歳からの哲学』など。ウィキペディア

 

 池田晶子の没後「わたくし、つまりNobody賞」が創設されたように、岸田氏と虚無感など持つ雰囲気が似ていて、二人の対談を期待して読んだが、噛み合わなかった感じ。池田氏の考えることは趣味ではないか、と言う岸田氏の問いを彼女は無視する、といった具合。死生観のところも、最後の全部あるという逆転に対する岸田氏の反応もない。残念。

 

 岸田  死を恐れると言うのは、非常に個人差がありますね。

池田 私には全然ないんですよ。何故かと言うと、死がないからです。徹底的に考えたら、本当にない。

岸田 自分の死なんてものは人体験できませんからね。

池田 そうです。だからないんです。他人が死ぬのを見て自分も死ぬんだろうな、と言うのは類推に過ぎないでしょう?死体を見て、それを死だと思っているんですけど、それは死体であって死ではないんですよね。世の中どこを見ても死はないんだと気づいたら、あやっぱり全部あるんだってわかるんですね。

 

ニッポンの「性」はどこへゆくのか 佐藤幹雄

 

 佐藤氏がどんな人か不明だが、対談の相手の紹介が無いのは不思議な本だ。

 男は女から作られたと言うことを、岸田氏は知っているのだろうかとずっと頭にあったが、さすがそんなことは承知の助であった。恥入った。しかし、これを読むと男の方が女より幻想力が強いかの如く見えるが、そんなことはないように思うがどうだろうか。

 

岸田 生物学的に見ると、種族保存のためにはメスだけいれば良いので、オスはいらないのです。オスは後から余計なものとしてできたので、体質的にも女より弱いし、寿命も短いのは当然ですね。その弱点をカバーするためか、人類を存続させるために、社会規範を作り、その社会規範を支える大人と言う役割を無理に男に押し付けたわけです。男が進んで引き受けたのかもしれません。でもそうした社会規範が崩れ、男が無理して頑張らなければならない意味がなくなった。そんな感じですね。p 83

 

「自己」という病、「近代的自我」という幻想 河合隼雄(1928〜2007)

 

 

河合 隼雄は、日本の心理学者。教育学博士。京都大学名誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授。文化功労者。元文化庁長官。国行政改革会議委員。専門は分析心理学、臨床心理学、日本文化。 兵庫県多紀郡篠山町出身。日本人として初めてユング研究所にてユング派分析家の資格を取得し、日本における分析心理学の普及・実践に貢献した。ウィキペディア

 

 さすが同じ精神分析学者同志、話は早いという感じ。5歳年上の河合氏が岸田氏を立てているのが微笑ましい。ユンクの河合氏は穏やか、フロイトの岸田氏は過激。河合氏がセラピストだからか。たしか河合氏は箱庭療法士だったような。

 

岸田 結局気がついたのですけれど、「本当の自分」とか「真実の自己」とか、そんなものは自分の中に実在しているのではなくて、自分と言うものは結局「他人の中にある」と言うことに行き着いた。だから「自分を知る」ということは、自分の心の中を探求するのではなくて、自分は他人にどう見えているか、他人が自分をどう見ているかを知るということではないか。自分とは実体じゃないんだと考え始めましたね。p94

河合 「本当の自己」があると思うから、不安が2倍になるんですよ。僕はないと思うからね。それが当たり前と思って上手に転がしていかないと。

 

一神教vs多神教 浄土真宗本願寺派安芸教区にて

 

岸田 精神分析は、このように宗教と関係が深いですが、人間の見方において、浄土真宗ともよく似ていると言うところがあります。例えば、「歎異抄」にかの有名な「善人、なを、もて、往生をとぐ、いわんや悪人をや」と言う文句がありますが、これを私は「自分を善人だと思っているような無自覚な人だって救われるかもしれないのに、おのれを見極め、己の悪を直視し、自分が悪人であることを知っている人は、救われるのは当然だ」と言うことだと解していますが、精神分析療法はまさにこのような善人を悪人にすることを目指すのです。 

 

 岸田氏の宗教観がずっと気になっていたが、流石に造詣も深く思考も深い。

 

 世界共存のための条件 西垣 通(1948〜)

 

 西垣 通は、日本の情報学者、小説家。東京大学大学院情報学環名誉教授、工学博士。 コンピューター・システムの研究開発を経て、情報化社会における生命、社会を考察する。『アメリカの階梯』などの小説も執筆。著書に『集合知とは何か』、『ビッグデータと人工知能』など。ウィキペディア 著書に「1492年のマリヤ」も。

 

西垣 人間中心の20世紀の知に対して、21世紀の知はどこが違うかと言うと、新な生命観ではないか。近頃の動物行動学とか分子生物学によって、人間と他の生物との境界がぼやけてきているのです。そういう新しい考え方に立って、もう一度仏教的かどうかわからないけれども、生きると言う意味を情報から見直す。あらゆる生き物の命はかけがえのないと言うのは、昔の日本人の素朴な聖性としてあったはずですしね…。それが多神教と一神教を結ぶ次元になるなんて大それた事は言いませんけれども、入り口位は覗いてみたいとぼんやり考えているのです。

 

岸田 生命の流れというのは、まさに我々人間も地球上の生命の中流の中にいるわけですけれども、僕は、人間は本能が壊れた動物で、その代わりに自我を作ったということをよく言っているわけです。自我というのは、いわば生命の流れから外れた存在じゃないか。それが人間存在の根拠になっている。そこで人間は、基本的に生命の流れから外れているという疎外感がある。そこの疎外感を何とかして生命の流れを全部失っているわけじゃないけれども、そこから疎外されていますから、生命の流れの中に戻りたいというか、それとつながりたいというか、つなげてくれるものか、が聖なるものというか、宗教的なものなんだと僕も考えているものです。無我ということが、仏教の基本原理ですが、自我を捨てる、自我を超える事を悟りの境地としているわけで、そのような気持ちには到達できないかもしれませんが、無我とははまさに、生命の流れから外れた人間の、そこへ戻りたい憧れを表しているのではないかと思います。

 

 新しい遺伝子解析や生物進化学、動物行動学とか分子生物学になどの情報学の進歩の上に新しい生命の流れ、生命感を考えたいとする西垣氏に対して、変わらず岸田氏は唯幻論を説く。頑固というか、強い意志、信念というか、幻想への確信(?)というかは、見上げたものだと驚くしかない。

 

 西垣氏との対談ではこのほか、一神教と多神教、聖俗分離、聖俗一致などについていたく興味を惹かされた。

 

西垣 一神教批判の暴力的、攻撃的性格は分かるが普遍論理的で諸民族を通して人間を結びつける力がある点には感心する。一神教の限界を知って欲しい気もある。一方でまた自閉症的共同体に見るように、多神教のいやらしさもある。一神教と多神教の共存は考えられないだろうか。

岸田 一神教は遠慮しないのが原理。遠慮すれば一神教出なくなる共存は難しい。

プロテスタントとカトリックではプロテスタントの方が一神教的。ユダヤ教とカトリックではユダヤ教の方が一神教的。プロテスタンティズムは、カトリックよりユダヤ教に近い。したがってアメリカはイスラエルに親和性。聖俗分離のプロテスタントは資本主義を生み科学を進歩させた。(社会学者マックス・ウエーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」に見られるように。)

 

アメリカの原爆投下は、俗が最優先され、聖が俗に従属して俗を正当化したから出来たことだ。

 

あとがきで岸田秀氏は、この対談集の主軸は一神教と多神教であるとし、次のような結論に至る。西垣氏の問いに対する答えと同じである。

 

「あっちで多神教を非難し、こっちで一神教を罵倒して矛盾しているようであるが、私は、基本的には多神教である日本に何とか、一神教の欠陥を避けつつ、その利点を取り入れる道は無いものかと、虫のいいことを考えているのである。その場合、多神教はいい加減というか、寛容であって、多くの宗教の中の1つの宗教として一神教を容認するのであるが、他の宗教を認めないのが、一神教が一神教である所以であるから、一神教は多神教を容認せず、したがって、一神教と多神教の間には、お互い相手の利点を認め合い譲り合うと言う多神教的妥協は成立しないらしい。問題は難しい。」

 

 読後感

 精神分析、心理学は宗教とはごく近い。自分の宗教についての常識の無さ、宗教観の希薄なことを気付かされた。考えさせられること、考えねばならぬことは多いと知る。


 

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岸田秀再読その8 「日本史を精神分析する」2016 [本]

 

「日本史を精神分析する 自分を知るための史的唯幻論」岸田秀 聞き手柳澤健 亜季書房 2016

 

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 2016年刊行なので著者83歳。比較的最近の岸田秀氏の考え方が分かると思う。聞き手柳澤 健氏は文藝春秋退社後フリー。「日本のレスリング物語」などの著書あり。

 

 いわば自己、自我を知るためには唯幻論による歴史の理解が一番良いとする岸田秀氏独特の論理を展開している。

 

 まずは、本題と直接関わるものではないが、「本能が壊れた」とする説明に関して気になった箇所がある。

「キリンの首は少しずつ伸びたのではない。絶滅の危機に瀕した時、全員が集団で、意図的にいきなり長くした。種の作戦だ。首が中間の化石は出ていない。 生命体の主体的意志 人類は幼形成熟、未熟児として生まれ、おとなにならないという作戦を立てた。 そのため本能に書き込まれた行動様式で生きられず本能が壊れた。壊れた本能の破片を拾い集め個人では自我、集団レベルでは文化を形成した。 行動様式のみならず世界像も壊れたので再構築のため言語を発明した。自我とは超越的な動物を模倣して道具を作る。孤立、孤独に耐えられず自我は家族、民族国家、神まで作って繋げたのだ。 人類の作戦は失敗した結果、本能が壊れて変な動物が地球上に出現し他の動物は迷惑を蒙っている。」

 

・きりんの話は、人類はある時一斉に意図的に、幼形成熟つまり大人にならないという進化を果たしたと言いたいのだろう。しかし、退化する蛇の足も徐々に時間をかけて体内へ入ったと考えるのが自然のような気もする。このあたりは生物考古学の領域だと思われるが、岸田氏の感覚的発想が窺えて面白い。また人間は、本能が壊れていない動物を上位に置き、そこから道具を発明した(鳥から飛行機)と逆転の発想をするのも氏の特異性を示す。凡百はあまりそういう思考方法は取らない。つまり人間が動物の中では最も進化した(上位にある)存在であると考えるのが一般的だ。

 

 さて、氏は個人レベルの自我と対応させて、集団レベルの文化である歴史を語るところに特徴がある。この二つが相互に行き来するので、説得力がある。つまり自分のこととしてみて(比べながら)歴史を辿るからであろう。

 国家(あるいは集団)の内的自己は、外国に反発して外国を憎悪し、外国との関係国際関係から逃亡し、誇大妄想的自尊心の中に閉じこもろうとする。(岸田氏はこの本で書いてないがー誇り、自尊心、かくあるべしという理念など)

 一方で外的自己は外国を崇拝し、模倣し、外国に屈従する。(これも岸田氏は書いてないが他人、他国、世間などへの憧憬)

 史的唯幻論は集団、国家はこの内的、外的自己の間を揺れ動いて歴史を紡いでいるのだとする説である。

 個人もそうだが、集団も自己は外的自己と内的自己に分裂しており、歴史的事件はこのいずれかが表面に出た現象だとする。なるほどたいていのことはこれで説明可能だ。

 

 大化改新は、崇仏派の蘇我氏の政権(外的自己)を廃仏派の物部氏、中大兄皇子、中臣鎌足(内的自己)が崩壊させた反乱であり、外的自己の足利幕府、北朝が内的自己の南朝、後醍醐天皇と戦ったのが南北朝時代だとする。

 明治維新は、外的自己の開明派(薩長土肥)と内的自己の鎖国派(尊王攘夷派、佐幕派)との戦い。西南戦争は外的自己の大久保利通と内的自己の西郷隆盛との衝突。

 白村江の戦い、ペルリ来航、源平合戦、日清、日露戦争、太平洋戦争しかり。

 ただ征韓論を主張した西郷、ペルリと和親条約を締結した江戸幕府などの例もあるごとく外的自己と内的自己は不安定で時には揺れ動く。

 平安朝と江戸時代は内的自己の時代。それぞれ安定の時代で文化芸術が花開く。

 外的自己の時代に抑圧された内的自己は、消滅せず息を吹き返す。60年安保闘争、三島由紀夫事件 力道山。ゴジラ。太平洋戦争はその典型的なもの。

 

 ではなぜ自己は内的自己と外的自己に分裂するのか、たしか個人の場合は壊れた本能の代用品である自己は元々不安定だから、集団の場合は共同幻想だからだったか、(今確たる自信がないのでひとまず置いておこう。)

 同じ論理で現代の日米韓の関係をこう説明する。日中関係も同じで相互の歴史認識の一致は度し難い。

「日本人が韓国人の屈辱と怒りを理解できないのは、現在の日本人がアメリカ人に対して、かつての日本人に対する朝鮮人のように、媚びた笑顔を浮かべて自ら進んで卑屈に迎合しており、かつ、そのことを否認しているからであろう。おのれの見苦しい面から目を背ける者は、他者の同じような面が見えなくなるのである。

 いつか、将来、日本が対米依存から解放された暁には、現在の韓国人が日本人を恨んでいるように、アメリカ人に対する日本人の積年の恨みが噴出するであろう。その時アメリカ人はなぜ恨まれるかわからず、日本人は恩知らずだと思うであろう。日韓関係の歪みは日米関係の歪みとつながっている。」

 

 歴史が内的、外的自己の間で揺れ動くのであれば、なぜ動いたか要因を考えればこれから日本はどうすれば良いかのヒントが得られるはず。

 個々人も内的、外的自己との間で揺れ動いて来たのだから、なぜ動いたかを自省すればどう生きるの指針となるはず。(表題の副題「自分を知るためのー」という意はこのことであろう。)

 その答えは、抑圧された自己を見つめることしかないが、それを認めることは自分の存在を否定しかねないので、極めて難しい、というのが岸田理論。せめてその難しさを自覚して生きるのが、愚行を回避する道であると。個人はそれで良いが、日本国はどうする。

 この書は我が国の現在の内的自己を対米依存、属国的情況と捉えてそこからの脱却が出来ないとすれば、そのことを自覚すべきであるとする。それ以上のことを言ってはいない。

 ただ、氏の憲法改正論が紹介されており、一つの考え方であろう。

「憲法改正して自主憲法を制定すべし。与えられた憲法という事実は消し難い。ただし、 今やれば日本は属国なのでアメリカ寄りになることは必至。安保破棄(属国からの脱却=基地廃止)が先。9条は賛成。これで長年戦争をしなくて済んだ。自主防衛せよ。日本を攻撃すれば痛い目にあうという程度で良い。核兵器を製造しようとすればすぐ出来る状態を保つべし。」

 日朝、日中、対米関係についてもこれまでの歴史を精神分析的手法で説明しているが、これからの方向などについて明示されてはいない(と思う)。

 

 氏は本書の末尾で次のように書いているのを知った。気分から史的唯幻論に至るとは改めて驚きを禁じ得ない。

「ところで、自分が日本兵の死骸の写真を見ると陥る憂鬱な気分と、自己犠牲的・献身的な母のイメージを思い浮かべると陥る、憂鬱な気分とはどういうわけか同じような気分なのであった。自分の人格障害と愚劣な戦いを強行した日本軍の兵士の死骸が重なり、日本の歴史を考えると二つは同じと気づき、自分の人格障害も消えた。」

 読後感

  ①総じて面白い。難しい表現が難。

  ②自分の場合はどうだったか考えてみる気になる。特に老人の懐古、回顧に良さそう。

  ③内的外的自己、唯幻論などというと難しい感じがしてしまうが、もっと平易な説明方法があれば良いと思う。

  ④それがないのなら漫画やアニメ、絵本などで表現したら面白そうだ。しかし、これも難しそう。

  ⑤自分の時代は、教科書に書いてあっても現代史を高校までにほとんど学ばない。江戸時代までで終わり受験勉強に入った。大学教養課程でも同じである。今でも同じではないか。これからのことを考えるのに、一番大事なことを学んでいないなと本書を読んで痛感。


 

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このアジサイの名は何? ⑧カシワバアジサイ [自然]

 カシワバアジサイ(柏葉紫陽花、学名:Hydrangea quercifolia)は、アジサイ科(ユキノシタ科)アジサイ属の落葉低木。原産地は北米東南部。花の色は白。

 

 葉の形がカシワに似ていることが、和名の由来。花は円錐状あるいはピラミッド型に付く独自の形状をしており、5月〜7月に真っ白い花を付ける。八重咲きと一重咲きがある。 一般のアジサイとは異なり全体の印象としては木のボリュームに比し、花が少ないのが特徴。葉には切れ込みがあり、秋には紅葉する。古くから日本にもあったが、最近、一般に出回り始めた。(ウキペディア)

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 たしかにここ数年あちこちで見かけるようになった。秋になると深いボルドー色になる。紅葉した後、冬は落葉して越冬する。

 なお、ネットのとおりカシワバアジサイには八重と一重の二種類あるらしい。

 

 ⑴カシワバアジサイ・スノーフレーク

 八重咲き品種。花の色は白で中心がグリーンを帯びる。横に広がる樹形で、花の重みで開花時は垂れるような見える。

 

 ⑵カシワバアジサイ・スノークィーン

 一重咲き品種。円錐形の花は上向きを保つ。

 

 写真検索の結果、カシワバアジサイまでなら確信度5だが、これがスノーフレークかどうかになると確信度3くらいまで下がる。

 八重咲きなのでカシワバアジサイ・スノーフレークであり、一重咲のスノークィーンではないという確信はあるが。


 

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このアジサイの名は何? ⑦天使のほっぺ [自然]

天使のほっぺ

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「天使のほっぺの最大の特徴は、花色の変化。咲き始めは明るいグリーン、徐々に全体が白色になる。全体が真っ白になった時の白は、透明感がある純白。その後、真っ白だった花色に濃いピンク~赤色が入ってくる。

 この時、一気に色が変化するのではなく、少しずつ縁から染まっていく様が、ほっぺが赤く染まる様子に似ていて、愛らしい。天使のほっぺが白から赤に染まるのは、紫外線が関係しているといわれている。つまり、花色が白くなった後、太陽光に当たることによって、赤が入りやすくなる。」

 ネットには上記のように説明がある。自分が撮影した時は既にピンクになっていた。

したがって咲き始めのグリーンとその次の白の時代は見ていないことになるが、多分天使のほっぺに違いなかろうという気がする。

 なお、緑から赤に変わる「天使のリップ」とか「天使のエクボ」という品種もあるという。とりあえず確信度4。


 

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このアジサイの名は何? ⑥フェアリーアイ [自然]

 フェアリーアイ(妖精の瞳)は、2006年第1回ジャパンフラワーセレクション フラワー・オブ・ザ・イヤー(最優秀賞)を受賞した群馬県の坂本正次氏が育種した話題のアジサイ。花形の変化と花色の変化が両方楽しめる、今までにない新品種。

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 フェアリーアイは咲き始めは八重のガク咲きだが、時間が経つにつれ手毬に変わり、その後はグリーンに、そして秋には真っ赤に花色が変化する。

- 学名:Hydrangea macrophylla "Fairy Eye"

- タイプ:アジサイ科(ユキノシタ科)の耐寒性落葉低木

- 植付け適期:3月~4月/開花期:5~9月

- 樹高:50~150cm

 写真検索だが、これに似たアジサイは他にもあるようなので、特定にもう一つ自信がない。

 ガクアジサイだが手毬に変わり、色もグリーンにそして秋には真っ赤になるというので秋になれば確認できるかも知れない。楽しみだ。

 今のところ確信度3。

 学名にフェアリーアイが入るとは知らなかった。流通ブランドではなかったのか。


 

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このアジサイの名は何? ⑤アナベル [自然]

 アナベルは、北アメリカ東部に自生するアメリカノリノキ(Hydrangea arborescens)の変種を品種化したアジサイ。

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 園芸品種として作出されたものではなく、イリノイ州のアンナ市の近くで発見された、野生のアジサイ。

 通常のアメリカノリノキは小さな装飾花が花序の周囲に額のように付くが、発見された変種は大きな装飾花を手毬状に咲かせるものだった。

 この変種をオランダで選別・改良し、品種化したのがアナベル。

 アナベルの名前の由来には所説ある。

 ⑴古代ローマ時代の男性名アマビリス(Amabilis)を女性化したアナベル(Amabel)に由来するとする説。アマビリスとは「愛すべき」という意味。

 

 ⑵アナベルの原種が発見されたイリノイ州アンナ市に因んでいるとする説。

「Anna belle」とは「アンナの美人」という意味。

 

 ⑶エドガー・アラン・ポーが最後に残した詩「アナベル・リー(Annabel Lee)」に由来するとする説。

この詩は、アメリカの地方伝説である船乗りと娘の悲恋の物語を元に創作されたのではないかと言われている。

伝説は亡くなってしまった娘を思い続ける船乗りの話で、ポーは若くして亡くなった妻への思いをこの詩の中で綴った。

 

このアナベルは有名でネットなどで画像を見たことがある。まず間違い無いのではと思う。

検索の確信度は最高の5。


 

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このアジサイの名は何? ④シンデレラ [自然]

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 シンデレラは中心の両性花の周りに、バランス良く装飾花が配置されていてエレガントなガクアジサイ。

 装飾花はあまり多くなく、装飾花の軸が長めで両性花より少し離れてふんわりした感じに咲く。装飾花は、八重咲きで星のように咲く。その花弁は細長く八丈島千鳥と違って丸みがある。また装飾化の茎が心持ち短い感じがする。

中心の両性花が青なので土が酸性だと分かる。(アルカリ性ならピンク色)。なお、周りの装飾花は土壌酸度にかかわらず白。

 

 両性花と装飾花の色が違うアジサイ品種は珍しいとか。

 

 これも写真検索だが、ほかに似たようなアジサイがあり、残念ながら確たる自信はない。わが確信度は5の3か。

 

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このアジサイの名は何? ③アジアンビューティ [自然]

 検索するとアジアンビューティーとあるが、多分そうだと思う。

 しかし確たる自信はない。前回と同じく5まではいかない4か。

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 ヤマアジサイと西洋アジサイを交配した品種。完全に開花すると中心部が白く、赤い縁取りのコントラストが美しい。

 ヤマアジサイとの交配なので多花性(花数が多い性質ー園芸用語)の特徴があり、大変花付きがよく露地植にすると一層映える。

 日本古来の山アジサイを鉢物向けに改良・選抜を繰り返し誕生した新品種。銅葉(銅のように赤黒く光沢のある葉でブロンズリーフともー園芸用語)がかった葉色。


 

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このアジサイの名は何? ②ダンスパーティー [自然]

 ダンスパーティーは、日本に分布するガクアジサイとアメリカの園芸種を掛け合わせて作られた園芸品種。

 

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 1994年頃に静岡県の加茂花菖蒲園で作られ、鉢物のギフトが数多く流通するようになって一気にブレイクし、以来不動の人気を誇るアジサイ。 ダンスパーティーの花期は6月~7月。

 細弁アジサイの中でも有名なものだが、八丈千鳥(①ハチジョウチドリ)よりは弁が細くはない。

 名の由来は、花の中央に集まる小さな両性花の中に装飾花が疎らに咲くため、ダンスホールで踊る人を連想させるような花姿から。

 

 これも名前があっているかどうかの確度は5段かの4か。(5を最高として)


 

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このアジサイの名は何? ①八丈千鳥 [自然]

ネットによると、アジサイはおおまかに分ければ

 

- ヤマアジサイ

 小型種で、額咲きが大半。日本や台湾等の山間部に自生。北海道等の北部に自生するエゾアジサイも近い種。

 

- ホンアジサイ、ガクアジサイ、西洋アジサイ、ハイドランジア

 大型で、手毬咲きの方が一般的。ガクアジサイは海浜性の分布。ハイドランジアは、山間部のヤマアジサイと海浜近くのガクアジサイの交配種。ハイドランジアは、毎年、多数の新品種が作出されている。

 

- アメリカノリノキ

 北米原産で、アナベルが一番有名な品種。カシワバアジサイも同じグループ。

- その他・・・タマアジサイ、コアジサイ、コンテリギ、ツルアジサイ、ノリウツギetc

 

 とあるが、額咲きヤマアジサイとガクアジサイはどう違うのかよく分からない。

さらに、改良種、園芸種になると100以上(注)あるらしく、道端やよそ様の庭で咲いているのを写真検索しても、名前の特定はなかなか難しい。

 

(注)アジサイの種類は約3,000品種以上あるとも言う。毎年無数の新品種が登場するため、確かな品種数はわかっていないとも。

 

 

 アジサイは、今年あたり歳なのか綺麗なような気がする。2年毎という説もあるらしいが詳しいことは知らない。

 散歩コースの団地の庭の一角に、愛好者が2、3年前に植えた紫陽花が育ってきて、今年はすこぶる見応えがある。

 

 名の特定にチャレンジしてみた。

 

①八丈千鳥(ハチジョウチドリ)

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 伊豆諸島の八丈島で発見されたガクアジサイ。栽培品種ではない。

 他に類のない極細弁の八重額咲きの花。有名な細弁のアジサイにダンスパーティーがあるが、ダンスパーティーより、八丈千鳥の方が細い。常緑四季咲きという特殊な性質で、装飾花の花形が時期によって変わるという特性を持つ。

 

 名前があっているかどうかを5段階の確度で示せば、最高を5として4くらいか。


 

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岸田 秀再読その7「続 ものぐさ精神分析」(2/2) [本]

岸田 秀再読その6「続 ものぐさ精神分析」(2/2)からのつづき

 

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 このものぐさ精神分析応用編を読むと、大抵のことが唯幻論で説明出来ることに驚くし、常識的理解と違う意外性、など膝を打つことが多くて一言で言えば面白い。また氏の言い換え、喩えのユニーク(ユーモアと辛辣)さがそれに加わる。これが岸田秀を読んでしまう原因だと納得させられる。これなら「出がらし」であろうが、「二番煎じ」であろうが人は読むだろうと思う。

 

 人の考えることは私的幻想でそれが集団の共同幻想となる。人と集団は幻想にとらわれ右往左往する様があぶり出される感がする。

 本能が壊れたから幻想が生まれたという理由の正否はおいても、人間の考えることがおおかた幻想であるとすれば、大抵のことは説明出来てしまう。

 確かに、わが国においては、古来人は幻想の中で生きているということが、実感としてわかる。

 岸田秀氏が分かりやすい例として挙げた「平家物語 祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす」の無常感や鴨長明の「方丈記  ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。 よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」よりも、織田信長の舞「人間(じんかん)五十年 下天の内に比ぶれば夢幻の如くなり 滅せぬもののあるべきか」、秀吉の辞世「露と落ち 露と消えにし我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢」の方がより説得力がある例だろう。

 幻想であれば人によっても異なるし、はたから見て些細なことにさえ幻想なるものに命を懸けることもある。それは個人であれ、集団であれ変わりが無い、というのも納得感がある。

 また、幻想なのだからそうムキにならない方が身のためだ、というのも賢明な結論(?)のような気がする。ムキになると人は愚行を犯すのだから。ムキにならないということは、岸田 秀氏によれば、どうしても見たく無い自我を見つめることだそうなので、至難のことのようだが。

 岸田 秀氏はフロイドを学び、影響を受けていると思われるが、氏も書いているようにフロイドの精神分析学はニーチェに近いと指摘する学者もいるとか。岸田 秀氏を習俗的ニヒリズムと言った吉本隆明ならずとも、岸田 秀氏には虚無のにおいが漂うと自分もそう思う。

 現代の出来事 東日本大震災、原発事故、コロナ禍、地球温暖化、ウクライナ戦争、核兵器廃絶、VR 、AI(チャットGBTも) 、LGBTQ 、いじめ、巻き添え自死などを唯幻論で読み解いだらどうなるだろうか。自分でもやってみたい気もするが、唯幻論を正しく理解していないので難儀である。岸田 秀氏に「唯幻論始末記」で書いて欲しかった。出来事でなくとも例えば般若心経とか、種の保存のために単性生殖より確実効率的なので女から男が生まれたとかについても唯幻論にもとづいて解明したら面白そうである。

 岸田秀氏の作家論(三島由紀夫、太宰治、芥川龍之介)が後半に出て来るが、三人とも自死(自我幻想の共同化に失敗した)作家である。これを読むと、作家の生い立ちが作品のテーマそして自死にも反映していることがよくわかる。同じく自死した川端康成はどうなのか。自死こそしなかったが、漱石についてはどう読み解くか。

 書評「ライ麦畑でつかまえて」(チャンドラー)は、唯幻論で読んだというより、精神分析学者による書評であろう。主人公ホールデンを自己不確実性型神経症に似た若者と見る。人間すべて神経症的な存在とすれば、時代を映し出す神経症者なるものがあるのかも知れない。以前自分もこれを読んだが、青春の書だなぁと終わったような気がする。

 

 岸田秀氏の死生観(死はなぜ怖いか)は唯幻論から出来ているが、哲学者池田晶子の死生観を想起させた。池田晶子についてはこのブログで書いたことがある。彼女の死生観は次のとおりである。

 

 池田晶子

https://toshiro5.blog.ss-blog.jp/2011-12-27-4

 

「私もまた自分の死を考えたことがない。うまく考えられたためしがない。なぜなら、死は無だからである。無は無いからである。無いものはどうしたって考えられない。それで私は死のことを、ある時からやめにした。ために、人生に不安を覚えることがない。人は、無いものを不安がることはできないからである。代わりに、生きていることそのことが、力強き虚無となった。生きるということは、虚無を生きることなのだと知った。だから、震災にも戦災にも大不況にも動じない。既に死んでいるからである。」(「睥睨するヘーゲル」)

 また哲学者池田晶子の著書で教えて貰い、青空文庫で読んだ四行詩ルバイヤートも思い出した。二人はどことなく似たところ、あるいは親和性があるのかも知れぬ。

注)ルバイヤート 過去を思わず未来を怖れず,ただ「この一瞬を愉しめ」と哲学的刹那主義を強調し,生きることの嗟嘆や懐疑,苦悶,望み,憧れを,平明な言葉・流麗な文体で歌った四行詩。11世紀ペルシアの科学者オマル・ハイヤームのこれらの詩は,形式の簡潔な美しさと内容の豊かさからペルシア詩の最も美しい作品として広く愛読されている。(ネットから)

 

 ところで唯幻論ばかり読んでいて、ふと、我が家の猫(♀)を見ているとこいつ本能が壊れてしまったのでは無いか、と思うことがある。出自は野良で15歳くらい。

 避妊手術をすませているので、種族保存本能が壊れたごとく雄猫に興味を示さず、窓の外を歩く野良猫をシャーと威嚇するだけで、春になっても恋猫にもならない。

いつもツンとしているが、ときに気が向くと親しげにニャアと鳴き、擦り寄って来て体を押し付ける。もっとも老猫になってからのことだが。

 また個体維持本能も壊れたらしく、与えられたカリカリをまずいからもっと上等なのを出せと催促する。ネズミなどはなから追いかけそうも無い。テレビのダーウィンが来た!の鳥を見たり、窓から見える鳥などには興味がありそうだが、首をかしげたりするだけで飛びかかるでも無い。

 

 壊れたか 猫の本能恋忘れ

 本能は 壊れぬ証し猫の恋 ん?。


 

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岸田秀再読その6 「続 ものぐさ精神分析」(1/2) [本]

 「続 ものぐさ精神分析」岸田秀 中公文庫1982

 

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 続と銘打っているが、ほぼ本編(1977)と時を移さず書かれた(1980年)ものだから、唯幻論を補強するための補遺のようなものと考えて良いだろう。

 著者は二番煎じ、出がらしものぐさ精神分析と自嘲している。文庫本の帯の惹句は岸田心理学の実践的応用編とある。

 

 まず日高敏隆の解説文が目に飛び込んできた。日高氏はフランス留学で岸田秀氏と接点がある。気になっている人間の「本能は壊れた」とする論に関わるところである。

 

「岸田秀との対立点が一つある。そしてこの対立点は彼にとってもぼくにとっても、きわめて根本的に重要な問題なのだ。それは、「人間は本能が破壊された存在である」という、岸田氏の出発点である。僕の代理本能論(「文化」とは所詮は本能の代理物に過ぎない)は、いってみれば、岸田秀の理論を動物学の立場から展開したものだともいえよう。 けれど、今日の動物学の見地からすると、人間の本能が本当に破壊されているかどうかは、じつは大問題なのである。(中略)人間にも本能は厳然として存在し、人間はかなりの場合、それによって動いているのだといってよい。そのとき、その動き自体に幻想はないはずである。それ自体が本能なのであるから、それを代理すべき文化も幻想も必要ではないだろう。けれど、岸田秀が一貫して述べている通り、人間が幻想に振り回されていることも、疑いの余地ないところである。」

 

 やはり動物学から見ても、人間の本能が壊れたという証拠は無いようだ。もっとも岸田秀氏も人間の本能が壊れて無くなっているとは言っていない。本来の機能が果たせ無いだけで、残ってはいるのだとする。さすれば壊れた本能は個体維持本能と種族維持本能で他に残っている本能は何か。本能が壊れたのでは無いとすると、幻想や文化でそれを補う必要もないことになる。ならば幻想や文化はどこからなぜ来たのか。唯幻論は本能崩壊が無ければ成り立たないのか。このあたりがどうも釈然としない。

 さて、この出がらしものぐさ精神分析は、いわば応用編というか、唯幻論で物事(心、性、歴史、金融経済、芸術文化 宗教 政治)を理解するとこうなるという事例集でもある。

 面白いと思った例をアトランダムに記す。

 

歴史と文化

 死はなぜこわいか 

 「自己とは人びとの共同幻想のなかにのみ描かれているかたちである。この意味において自己は不安定であり、絶えず消滅の危険にさらされている。しかし、我々にとって、われわれ自身とはこの夢まぼろしのごとくはかない自己がすべてである。ゆえに、われわれは死を恐れる。(中略)  物欲にせよ、攻撃欲にせよ。際限のない欲望に囚われ、駆り立てられている状態から脱出する道は1つしかない。それは我々が、我々の自己が幻想であることを知ることである。そして死を直視してその恐怖に耐えることである。それは不可能かもしれない。しかし他に道があるであろうか。」

 

 ・唯幻論による死を恐れる理由は理解出来る。また自己が幻想であることを知るということが、際限の無い欲望に駆り立てられている状態から脱出するために必要だ、というころまでは理解出来る。ところが、そして死を直視して恐怖に耐えることもーとなると、 ん?、となる。凡百にはもう少し分かりやすい説明が良い。

 

 マニアについて

 「人間の欲望が個体保存や種族保存の目的から切り離され、幻想かに支えられた無償のものになっている。マニアの特徴はその無償性にある。有用性は共同幻想に過ぎない。

人類の文化そのものが、何らかのマニアたちがつくりあげた雄大な無償の体系である。」

 

 ・幻想論に立ったこの着眼点と論理展開には脱帽である。ユニークだ。

 

 なぜヒトは動物園をつくったか

 「本能が壊れた人間は壊れない動物が羨ましいのだ。人間が動物を飼うのは自己の不全感、無力感を補うため。動物を人間の作った人工的世界に引き込み、安堵したいがため動物園を作った。(近代)国家も自己の不全感を補うために作った。」

 ・ペットを飼う理由も同じ説明になろう。我が家の猫を思い微苦笑するのを禁じ得ない。

 守る

 「ローマ帝国、サラセン帝国、第三帝国、大日本帝国、大英帝国も滅びた。ソ連帝国のように内外に多大の無理を重ねている国家が長続きするはずはない。気長く歴史の流れを見てゆこう。奢る平家は久しからず。鳴くまで待とうホトトギス。」

 ・1991年12月がゴルバチョフ辞任=ソ連邦崩壊で、この「守る」は1980年8月朝日新聞掲載だから著者の言うとおりになった。現在2023年6月時点でのロシアのウクライナ侵攻の現状を見るに、この時点で同じく歴史の流れを気長に見ようと言えるかどうか。はなはだ心許ない。

 

性と性差別

 役割りとしての性

 「同性愛は決して病気では無く、全体自己を文化が正常と認めない方法で回復しようとしているに過ぎず、同性愛者を治療して異性愛者にするのは異性愛者を治療して同性愛者にするのと同じく難しいのだから、彼にその回復の努力、退行の権利を禁ずるのは、残酷というものだろう。」

 ・氏の論調から言えば、上記の同性愛者はLGBTQ、性マイノリティ全体を指していると考えられる。46年前のこの時代(「役割りとしての性」は1977年6月「現代思想」初出)このような見解を持っていた人はマイノリティであったろうと推測する。

 今2023年6月、LGBT理解増進法採決で欠席した自民保守派の議員の顔をTVで見て、わが国の後進性に嘆息する人は多いだろう。

 

人間について 

 価値について

「価値についてあらゆる価値は幻想である」と説く岸田氏に対して、学生は「それで先生は虚しくは無いか」と問われ、「価値ある人生など無い。価値観は幻想であり固執するのは、自分だけでなく他を破滅させることもあるほどにはた迷惑。むなしさはそれが幻想だと認めない限り消えない。自分(岸田)もむなしいが、頭のどこかに価値がありはしないか、とこんな文章を書いているのだ」とひとりごちる。」

 ・たしかに普遍的価値とか、同じ価値観を共有するとか、日常的に聞き、眼にするが、アメリカをはじめとする西側諸国も中国ももロシア、イスラエルもパレスチナもそれぞれ同じ言葉を使う。しかし幻想だと言っていたら滅ぼされるからとことんいく。これまでの歴史を見れば明白だ。

  ひるがえって個人レベルで自分はどうだったか 何を価値あるものとして生きて来たか、考えざるを得ない。一度じっくり考えてみる価値がある。

 

 感情について 

笑い (人間のみが)幻想の中に住んでおり、(人間のみが)緊張する存在であり (人間のみが)緊張から解放されて笑うのだー笑いとは共同幻想(擬似現実)の崩壊または亀裂によって起こる、それが要求していたところの緊張からの解放である。

 

怒り(怒りー瞬間的、/憎しみー持続的、恨み)  傷つけられた自尊心(幻想我)の崩壊による己の無力さが曝け出されたとき 回復せんとして怒るのだ

悲しみ 世界(猫、恋など)の永続性なる幻想の崩壊 (己の無力さを容認している点が怒りと異なる) 

「怒り」と「悲しみ」は「悔しさ」などの中間的な感情を通じてつながっている。

 

・今回岸田秀再読のきっかけになった『「哀しみ」という感情』という本の一文は、字が悲しみから哀しみへと変わっているだけでこれが原典(?)だろう。

 

 (岸田秀再読その7「続ものぐさ精神分析」2/2へ つづく)


 

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岸田秀再読その5 「ものぐさ精神分析」 (2/2) [本]

 

岸田秀再読その4「ものぐさ精神分析」(1/2)からのつづき

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 なお、「歴史について」の中に「日常性とスキャンダル」と題した一文がある。これは岸田氏の考え方(悲観や虚無)をよく表しているように思う。

 岸田秀氏ならずとも、自分を含めて歳をとると、長生き必ずしも良いことばかりではないなと思う。未来にはもっとマシなものが待っている、あるいは今よりは良くなるだろうと思って生きてきたが、人類は懲りずに愚行を繰り返している、と嘆くことばかりである。自分の価値観のために戦争を始める。核兵器廃絶は進まず。原発はやめない。コロナは人命より経済優先。etc.人間はいつまで経っても、いっこうに利口にならない。

 

 岸田秀氏は言う。

「人間に関する諸々の問題を説明しうる理論の出発点は、私の考えによれば、1つしかない。それは、他のところで既に繰り返し述べたように、人間が現実を見失った存在であるということである。現実を見失った人間は、おのおの勝手な私的幻想の世界に住んでおり、ただ、各人の私的幻想を部分的に共同化して共同幻想を築き、この共同幻想をあたかも現実であるかのごとく扱い、この擬似現実を共同世界としてかろうじて各人のつながりを保ち、生きていっているに過ぎない。p85

 様々な不合理な破壊的現象は、要するに、抑圧された穢れたたものの発現であり、そして、穢れたものは聖なるものの陰画であり、厳密に聖なるものと対応していて、つまり聖なるものが汚れたものをつくり出すのだから、聖なるものを我々が必要としなくなれば問題はたちどころに解決する。それは可能か。われわれは聖なるものに頼らずに生きてゆけるか、日常生活を構築できるか、集団を形成できるか。p99

 最後にもう一度問いたい。人類はあらゆる形の聖化と縁を切ることができるであろうか。もしできないとすれば、人類にはこれまでの過去よりましな未来が待っているとは言えないであろう。」

 

 唯幻論には、国家論で展開された史的唯幻論、ともう一つは「性について」で詳細に記述される性的唯幻論がある。こちらは「種族維持本能が壊れた」からと始まるだけで、論理展開はほぼ同じである。したがって再読した感想も上記と変わりは無い。性に関するものなので分かりやすい。若い人には関心は高かろう。自分の歳にもなれば斜め読み、飛ばし読みだが、若い人なら縦に行を飛ばさずにしっかり読むだろう。

 

 さて、「ものぐさ精神分析」はあと人間について、自己についてなどが唯幻論に基づいて書かれている。この中では時間、空間、言語の起源が興味を引いたが、正しく理解したかどうかもう一つ自信がない。

 

時間と空間の起源

「欲望を抑圧して悔恨した時点と現在との間に時間を構成した。未来とは修正されるであろう過去である。未来が限定されること、すなわち、死を我々が恐れるのは、過去を修正するチャンスが限定されるからである。(中略)この意味において、死の恐怖を知るのは、抑圧する動物たる人間のみである。

 抑圧した屈辱の場所と現在の場所との間が空間である。

「ついに幼児はその心に屈辱を刻みつけつつ、自己ならざる者に転化していった、もろもろの対象を閉じこめるための容器として空間を発明する。

 時間と空間が成立したとき歴史が始まった。」

 

自分には時間(過去、現在、未来)の方は分かるような気がするが、空間の方がしっくりこない。

 

言語の起源

「本能が対象から切り離されて欲望に変質し、まずイメージに向かうようになった人間の場合には、刺激と反応との自然なっ結びつきは失われてしまった。このままでは人類は現実に対応出来ず、コミュニュケーションも出来ないので言語を発明した。言語は文化の根幹である。

 母親が幼児の喃語のうちの一定の発声に反応することによってそれに一定の意味を付与し、言語として共同化してゆくのである。

 言語化するということは共同化すること。 言語化されたものは擬似現実であり、現実とぴったり合った言語はない。言語の多さは 機能の不全性を示す。言語を失えば現実は崩壊する。われわれの行動は分解する。要約すれば、言語は、現実との直接的接触を失しない、現実の対象への直接的反応ができなくなり、現実と遮断されたエスのなかでばらばらなイメージを増殖させたわれわれが、それらのイメージを材料に失われた現実へ戻る代理の通路として構築したものである。」

 要約すればの以下は、本能崩壊の結果代用するものとして文化(言語)を作ったという理解で良いであろう。が、続いてしたがって言語は人類の根源的な神経症的症状だ、という点については、何度も読み返すのだが老化もあってもう一つ理解が出来ない。

 赤ん坊の喃語の状態が、動物や鳥では鳴き声を発している状態のような気がする。つまり言語(コミュニケーションツール)は人以外も持っている。言語の発明を唯幻論で言えば岸田氏の上記のようになるだろう。しかし、大事なのはヒト特有の文字の発明であるが、それに言及していないのは何故か。

 言語はあるのに文字のない民族は何故存在したのか、その理由も知りたい。岸田秀氏のいう幻想の共同化において、文字はどういう役割を果たしたのか、大いに寄与したのではないかと思うのだが。

 

そろそろ、「ものぐさ精神分析」の読後感想文を書かねばならないが、何度も言っているように、唯幻論について「半知半解」感が強すぎてなお、思考がまとまらない。

 

 中公文庫版の解説を伊丹十三が書いているが、岸田秀理論をきちんと理解して見事な一文を寄せている。これは、数ある著書解説の傑作の一つではないかと思う。著者との対談「保育器の中の大人」においても相当な精神分析学者だなと思ったので、今更驚くことでは無いが、この解説で、そうかこの本はこう読むのか、と改めて思い知った点が多々ある。

 解説者は「ものぐさ精神分析」は患者の書いた精神分析論だとする。著者と母親との葛藤の中からすべては幻想だと知り、人間は本質的に神経症だと認識する。この体感から著者はフロイドを学び、人間は本能が壊れたため社会生活に必要な自我という行動規範が欠けたこと、自我の代用としてやむなく幻想=文化を作ったのだという考えに至る。唯幻論は、まさに著者の経験、体感から生まれたのだとする。いわば、自分のようなのほほんと生きて来た者にわからないことがあっても、何ら不思議なことでは無いとあらためて認識させられる。

 

 分かることもあるのだから、もう少し辛抱して読むことにしよう。

 

 蛇足ながらYouTubeに唯幻論の解説がある。“なぜ生きる意味がないのか?”【唯幻論】by 岸田秀

 

https://www.youtube.com/watch?v=36EqX0i7Bcs

 

 現代のユーチューバーは唯幻論をこう解釈し、こう表現するのか、という意味で興味深い。ニヒリズムが前面に出ているのが特徴か。この項の冒頭に書いた「日常性とスキャンダル」の聖化や価値観についての岸田秀氏の結論を想起させる。なお、本能が壊れた理由としては早産説をとっている。この方が一般的にはわかりやすいからだろう。


 

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岸田秀再読その4ものぐさ精神分析 (1/2) [本]

 

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 当たり前のことだが、岸田氏の唯幻論そのものを理解するには、氏の原点ともいうべき「ものぐさ精神分析」をじっくり読むことが一番良い。

 再読といっても唯幻論を取り巻く周辺の随筆や対談から始めたので、遠回りしている感じが否めない。そこで図書館で「ものぐさ精神分析」(岸田 秀 中公文庫1982)を借りて来て読んだ。読書記録に無かったが、やはり一度読んだような気もする。ただし、周辺の短文を読んで得た知識がそう思わせるのか、本当に読んだのかはいま定め難い。

 

 読んでみると、自分の疑問に思ったことのたいていのことが書いてあったのに驚く。

まずは個人の心理を集団の心理と同じように論じることについては、「ものぐさ精神分析」の冒頭の章である「歴史について」の中の「日本近代を精神分析する」にいち早く出てくる。

「フロイド理論は何よりも、まず社会心理学である。一般には、フロイドは、神経症者個人の心理の研究から出発して精神分析理論をつくりあげ、その生涯の後半に至ってその理論を宗教現象や文化現象などの集団心理に応用したと考えられているが、私の意見によればこれは逆であって、彼はまず集団心理現象を下敷きにして、そのアナロジー(引用者注 ー類推)に基づいて神経症者個人の心理を理解しようとしたと言うことができる。(中略)わたしの理解しているところの精神分析は、本来、社会心理学であるから、集団現象の説明にそれを用いるのは拡大適用ではなく、当然のことであって、別にその妥当な根拠を示す必要はない。」

 

 岸田秀理論の元になっているフロイドの超自我、自我、エスと言う考え方は、立憲君主制の政体における皇帝、政府、民衆との類比から着想されたものだ。という吉本隆明の言はこのことだった。個人の精神と集団の精神は通底するという理論は、基本的にフロイド理論をベースにしており、岸田氏がフロイドに大きく影響されていることも示している。

 

 前にも書いたが、自分はこのことについてあまり違和感が無い。

 

 次には唯幻論の出発点となる「人間の本能が壊れた」ということについての記述。著者が忙しい人はここだけは読んで欲しいと言っている章「歴史について」の「国家論ー史的唯物論の試み」に書かれている。

 人類は生物進化の奇形児だ。L・ボルクの胎児説に立ち、人類は猿(まだ人類ではない人類の祖先)が胎児化したもの=猿の胎児がそのままの形でおとなになったのが人類(幼形成熟ネオトニー)であるとする。

 (未熟で生まれたため)自活まで長時間を要し、親の負担は大きく子の本能生活が変質する。子の本能は全知全能に置かれた状態の中で現実とずれが生じる。本能に従うことは現実への不適応を意味する。つまり現実への適応保証するものとしての本能はこわれてしまった。本来なら現実我を保存する個体保存の本能が、全能の幻想我を保存する方向へずれる。種族保存の本能も同じことである。

 胎児化の結果であるが、個体保存の本能の場合に、その本能の発現と、それの目的の遂行の手段たるべき感覚、運動器官の発達との間に時間的ズレがあるのと同じように、、種族保存の本能の場合にも、性欲の発現と、生殖器官の成熟との間に数年の時間的ずれがある。そのため人類の性欲は、まず不能の性として出発する。結果として幻想に遊ぶ性となる。

 なお、上記のボルクの胎児化説については別の章「性の倒錯とタブー」にも以下のとおり触れられていて参考になる。

「L・ボルクの説であるが、人間の進化を説明する仮説として「胎児化」説というものがある。この説は簡単に説明すると、要するに、人間は猿の胎児であるという説である。大人の猿と大人の人間は非常に違っているが、ある段階では、胎児の猿と胎児の人間は大体同じような形態をしている。猿は、その段階からぐんぐん発達し、おとなの猿の形態に近づいてゆくのだが、人間の場合は、その発達が奇妙に遅滞し、いつまでも胎児の形態を保持したまま生まれてくる。つまり猿が極端な未熟児の状態で生まれたのが人間である。」(p105 )

 (参考)幼形成熟ネオトニーについてネットで検索すると次の説明があった。

 「人間は、チンパンジーとほとんどの遺伝子を共有しているが、チンパンジーは生まれて数年で大人になり、子供を産むが、人間はそれ以上十数年しないと、性的に成熟しない。すなわち大人になれない。しかも、人間の外観は、チンパンジーの赤子のままであり、その十数年の差が、知能や、遊び、手先の技能向上に役立っている。早く大人になってしまうと、自己の子孫を残す活動に、ほとんどの日常は奪われてしまうため、知能や技能が進歩する暇がないという。このように、幼少時の名残を残しながら、大人になることをネオテニーとよばれているのだという。」

 

 前記「国家論ー史的唯幻論の試み」における「本能が壊れ、私的幻想が生まれて共同幻想に至る記述をもう少しメモして見る。

 個体維持本能、種族維持本能ともずれてしまったので、何らかの手を打たないと人類は滅亡する。

 現実原則に従う自我と快感原則に従うエスとの対立(フロイド) 。 エスは本能ではなく快感原則は本能原則でなく幻想原則だ (死の衝動は人類の特有な傾向と理解し)快感原則は涅槃原則 である(フロイドは無機物の状態への復元)。

 本能はエスに変質する。エスは個体保存ナルチシズムと前性器的倒錯のリピドー。そこで人は抑圧することはじめてを知る。そこに文化が発生した。

 (引用者注)リピドーとは性的衝動を発動させる力(フロイド)、本能のエネルギー(ユンク)。

 文化は矛盾する二面を有する①個体保存と種の保存を保証し=作為された社会的現実すなわち擬似現実であり②私的幻想を吸収し共同化=共同幻想となるものでなければならない。

 この文化こそ例えば家族(集団)であり、擬似現実、共同幻想だから不安定な点が特長だ。

 各人に分有された共同幻想は超自我及び自我となり、共同化されずに残った私的幻想はエスを構成する。このエスが共同幻想にもとづく集団の統一性を危うくする重大な要因となる。

 このくだりはすんなり頭に入ってこない。ずれたので放っておくと人類が自滅するので代わりのものとして文化を発明したというが、文化の発生要因は別にあるのではないか。 文化は民族によって異なるが、異ならない文明についてはどう考えれば良いのか。 幻想、その共同化などがやはりわかりにくいのはこちらの理解力が乏しいせいか。既成概念で凝り固まっているためか。

 

 平たく自分の言葉で言い直して見よう。

 猿(類人猿と人類の祖先)から類人猿(チンパンジーなど)と人類に進化した。猿人猿は本能を持ったままおとなになったから本能に従えば生きられた。人類になった方は猿の胎児のまま生まれ大人になったため、本能が本来の機能を果たせない。つまり本能が壊れた。 そのため、代用品として幻想、文化を生み出して人類として生き残った。幻想、文化は胎児が全知全能の状態で現実とのずれを見いだして、自我を抑圧することを知り、そこから生まれたのである。私的幻想を共同化したものが文化だ。

 この説では、系統発生的にいうと猿から類人猿になり類人猿が人類に進化したのではなく、類人猿と猿は共通の祖先から生まれた兄弟ということになる。自然発生は系統発生を繰り返すと言う説がある。人間の胎児が、類人猿の段階を経ているかどうかは、生物学的にわかるだろうが、経ていると考えるのが自然なような気がする。

 猿からいきなり進化したとしてなぜ類人猿は胎児化せず、人間だけが胎児化して(未熟児として生まれ)本能が壊れたのか。

 

 進化の仕組みや進化論の今などをもう少し学ばないと、最初のこのあたりは理解できそうもない。また、幻想その共同化のところもフロイド論などを含めて、精神分析学をもっと勉強する必要がありそうだ。我が唯幻論理解の現状は、面白いがストンと落ちない、という岸田 秀再読前の状態のままである。(ものぐさ精神分析下へ つづく)


 

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岸田 秀再読 その3「唯幻論始末記 わたしはなぜ唯幻論を唱えたか」 [本]

 

 最初に自分が岸田秀氏の著書を初めて読んでから、既に10年以上が過ぎている。

 

 著者は1933年生まれだから、「ものぐさ精神分析」で唯幻論を発表した1977年は44歳の時である。自分は37歳、中間管理職のサラリーマン。氏と同年輩の上司の下で日々あくせく働いていた。当時の先輩らの顔を思い起こすと、氏と自分の年齢差などが実感として分かる。また、いかに当方はノーテンキに暮らしていたかも、今となれば(懐かしく)思い知らされる。

 氏とは7年の差があるが、同時代と言って良い。唯幻論には、特別強いシンパシーもない代わり、はなから拒否感がないのもこのせいかも知れぬ。一方で終戦の年に自分は5歳で氏や先の職場の上司は12歳であったことは、価値観の急転換を体験したか否で、その後の精神形成に微妙な差もあるかも知れないとも思うが。

 最近読んだ「哀しみという感情2007」を書いたのは、氏が74歳の時だが、読んでみると30年後もどうやら氏の「唯幻論」の持論は揺るぎも無いように見えた。

 

 今年、氏は卒寿90歳になる。唯幻論発表後46年、著者がどんな考えを持っているかには興味がある。

 

 今から5年前の85歳の時に書いた「唯幻論始末記 わたしはなぜ唯幻論を唱えたのか」(いそっぷ社2018)」を図書館で借りて読んだ。

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 氏は幼少からの自らの現実感覚不全、紛失癖、歪んだ認知構造、奇行、人と自分の考え方の違いなどの理由を探がすなかで、母親との関係等を考察し唯幻論に至ったと説明する。

 このあたり氏がなぜ唯幻論を唱えたかというくだりは、すべてとは言えないかも知れないが概ね理解できる。

 極めて個人的なものから人間の普遍的な精神のあり様を探り出し、さらに我が国、世界の歴史をそれで説明してその将来をも考える。自分からみれば、壮大な思想であると感心するばかりだ。

 氏は自分の「性的唯幻論と史的唯幻論」への批判が強いことを認め、とくに個人心理を集団心理に当てはめるのはおかしい、国家や民族などの集団をあたかも個人であるかのように扱うのは、どう考えてもおかしいという批判が強いとして、それに対する反批判を展開している。

 氏は言う。(長い引用になるが、自分にも気になる大事な論点の一つなので敢えて。)

 

「わたしの説を批判者する人は、個人の心理と行動は脳組織や神経系の働きなどの生理的条件によって決定されているが、集団の心理と行動は、政治、経済、法律などの社会的条件に決定されており、両者は全く無関係な異質の現象であると考えているのではないか。

(中略)私の考えによれば、個人の人格構造も、集団の社会構造も、それまでの歴史の過程において、獲得した諸観念を個人または集団の人々が人為的に構成することによって成り立っているのである。個人の人格構造も、集団の社会構造も、脳内物質とか経済的条件とかの物質的条件によって決定されるのではない。したがって個人と集団は構造的には同じであり、どうすればうまく機能するか、どういうことで狂うかなどの事は同じ法則によって心情的に理解できるのである。個人の場合の、神経症精神病、誇大妄想、被害妄想などはまったく同じ現象が集団においても起こるのである。したがって、日本やアメリカやヨーロッパなどの国々は、あたかも個人のように理解し説明できるのである。もし個人の心理と集団の心理とが起源が異なるまったく無関係な異質の現象であるなら、個人は集団を理解できないし、集団のなかのの個人と個人は理解し得ないであろう。」(37p)

「要するに、人間の「心」も「脳」も、崩壊しているのでない限り(例えば、交通事故に遭って頭部が怪我し脳髄の1部が破壊されたとか)、周りの状況との関連の中で現象しているのであって、それと切り離して「心」自体、「脳」自体を「科学的・客観的に研究」しようとするのは、いかにも具体的事物を対象とする「科学的・客観的」研究であるかのごとき錯覚を与えるが、絵画に使われている絵の具と言う具体的事物の科学的な成分を研究して絵画の芸術的価値を判定しようとするのと同じく、とんでもない見当違いなのである。」(p48)

 

 著者は自分がなぜ「唯幻論」を唱えたかその始末を書いておきたいと、著書書名を「始末記」と名付けた。その最後で次のように言う。

 

 「それから、唯幻論を前提として、過去の歴史や現代の社会のいろいろな現象を解こうとしてあちこちに文章を書いてきたが、それに対しては賛同してくれた人もたくさんいたものの、もちろん反対し、批判してきた人もたくさんいた。賛同してくれた人たちに対しては心から喜んでありがたがっていたが、反対や批判も気になるので、なぜ反対されるのか批判されるのかを胸に手を当ててよく考え、あちこちに反批判反駁の文章を書いた。そうこうしてるうちにいつ死んでもおかしくない歳になったし、記憶力や判断が衰えてきたようなので、もう次の新しい本を書くことは無いであろうと言う気がするから、ここで、私がどういうわけで、どういう道筋を辿って唯幻論という説を思いついたかを説明し、唯幻論への批判に対してこれまで書いた反批判反駁をまたまとめて提示することにした。したがって、繰り返しになるところが多いけれども、これが人生最後の本であろうと思うので、大目に見てほしいと虫のいいことを願っている。では、さようなら。ご機嫌よう。」

  2018年12月10日」 p238

 

 この文章を読む限り、著者の考え方は唯幻論発表後46年たった今も基本的に変わっていないようで、驚くとともに頼もしい限りである。

 ではさようなら。ご機嫌よう。が何とも好ましい。この最後の弁には氏の率直さと潔ぎよさがある。多くの人が唯幻論に惹かれる要因の一つでは無いか、と自分には思える。 

 

 さて、自分は氏の唯幻論のうち 個人の心理を集団心理に当てはめるということにはあまり違和感は無い。経済の景気が個人の気におおいに左右されるのは、実感として理解出来ることからきているのかも知れない。心理学的、精神分析学的ににどう説明するのかは分からないが。

 しかし、やはり氏の論の出発点である人間の本能は壊れた(他の動物の本能は壊れていない)とすることには違和感がある。

 未熟で生まれたから本能が壊れたというが、未熟で生まれる動物はパンダやカンガルーなど他にもいるが、なぜ彼らの本能が壊れないのか。人間は他の動物と異なるという意識が強すぎるのではないか。相違点も類似点もあるが、基本的には人間も動物である。

 本能が壊れているということは、目的と行動が一致しない(例えば、目的=個体の保存ー行動=食欲が無くても食べる、目的=種の保存ー行動=発情期がないセックス)ことだという。目的と行為が一致しないということがなぜ本能崩壊ときめつけられるのか。食欲が無くても食べる、発情期が無いことなどは単に種(動物)としての人間の生理的特性に過ぎないのでは無いか。ふと、シャチがアザラシをバレーボールにして遊ぶ例、カラスの線路石積み遊びなどを想起した。

 

 本能が壊れたから自我が生じた、その自我は(推測ながら)幻想であると議論が展開するが、もともとのところがもう一つ納得感が弱い。

 幻想なのだからムキになるなというあたりは、正義は西にもあり東にもある例、敗戦後の価値観の大転換の例などからして、好ましい結論になるので、そうかも知れんなどとうなずいてしまうのだが。

 自我の発生、自己の認識は他に説明できる論はないのであろうか。心理学、精神分析学、生理化学、医学、脳科学、哲学、宗教学などをもってしても答えられないのであろうか。

 氏の唯幻論に限ったものではないが、科学、宗教等に対する我が半知半解つまり不学のなせるものなれど、大事なことを深く考えず(チコちゃんではないが)ボーッと生きて来たなとしみじみ思う。


 

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岸田 秀再読その2「保育器の中の大人 精神分析講義 (岸田秀 伊丹十三)」 [本]

 

 岸田 秀氏の「唯幻論」に賛同した一人に伊丹十三がいる。

 「ものぐさ精神分析」を読んで世界が俄かにくっきりと見えるのを私(伊丹十三)は感じた。私は、自分自身が確かに自分自身の中から手を伸ばして世界をつかみとっているのを実感し、驚きと喜びに打ち、震えた」(「ものぐさ精神分析」中公文庫版1978の解説)と書いている。その賛同、感動ぶりが伝わってくる。

 

 伊丹十三(1933‐97年)は、映画監督伊丹万作の長男として京都に生まれた。(たまたまだが、岸田秀氏と同年生まれである。)

 俳優であり、かつ映画監督(代表作に「お葬式」、「マルサの女」、「ミンボーの女」、「マルタイの女」など)として活躍する一方で、「女たちよ!」(文藝春秋1968) 「ヨーロッパ退屈日記」(文藝春秋新社、1965年) など、軽妙で洒脱なエッセイの書き手としても知られる。

 1997年12月20日、伊丹プロダクションのある東京都港区麻布台3丁目のマンション南側下の駐車場で、飛び降りたとみられる遺体となって発見された。当初からその経緯について様々な説が飛び交った。まるでミステリーのような最後だった。

 2000年、大江健三郎(伊丹とは愛媛県立松山東高同級生)の小説「取り替え子」に伊丹十三を思わせる人物が描かれ、話題となった。よく知られているように、氏の妻が女優の宮本信子で、妹は大江健三郎の妻大江あかりである。

 伊丹十三は、岸田 秀の「ものぐさ精神分析」(1977)を読み、彼の主張する唯幻論に傾倒する。翌年1978年12月、岸田との対談を収録した共著「哺育器の中の大人 精神分析講義』岸田 秀 伊丹十三(朝日出版社)を上梓した。

 

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 これを読めば少しは唯幻論理解に役立つのではないかと考えた。メールで予約して自分が図書館で借りて読んだのは、のちに発行された文春文庫を参照したというちくま文庫版(2011) である。文庫化は如何にこの本が売れて読まれたかを示している。

 「子育てとは何か?」「人を愛するとは?」「何のために人は生きるのか?」「男(女)らしさについて」…初歩的な、しかし避けられない問いは、自我の構造や(無)意識の世界、幻想や知覚の仕組みなど根源的な問題につながっている。稀代の才人・伊丹十三と、「ものぐさ精神分析」で知られる岸田秀が真っ直ぐな対話を通して、生きるために欠かせない精神分析の基本を丁寧に分かりやすく解き明かす。と帯にある。

 (精神分析の基本を)わかりやすく解き明かすとあるが、伊丹十三も精神分析の専門家なみの博識を駆使しており、どうしてどうして難解な対談ではある。

 挿入された何枚かのベン図?のようなものも、果たしてどのくらいの読者が理解の助けになるのだろうかと訝る。少なくとも自分にはすんなりとは読み解けない図が多い。

 

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 伊丹十三(生徒)の質問に答える講師岸田秀氏の発言をランダムに拾って見る。

・人間は本質的に未熟児で家庭が大きな哺育器である。

・本能が壊れたのは未熟で生まれたからだ。

・まず先に本能が壊れて現実との密接な接触を失い幻想を持ったのであり、 幻想を持ったからリアリティを失ったのではない。

・自己という内面はすべて幻想でできている。 剥いても芯はない辣韮の皮だ。

・現実は一つしかない。 色々な現実は無いので幻想と推測せざるを得ない。

・文化は幻想という松葉杖。 本能が壊れたので(=足が悪いので)松葉杖(文化=幻想)を使う。

・ある理想のために戦うことは立派ではなくそのこと自体が悪、暴力の行使と同じ。

すべては幻想だからそうムキになるな。

・正義や聖なるものを信じ怒鳴る者こそ人類の愚行の元凶だ。

 

 対談の最後は次のやり取りで終わる。難解対談を象徴しているエンドだ。

伊丹 そりゃそうでしょうねぇーしかし、唯幻論っていう以上は、唯幻論自身も幻想であることを免れないわけでー

岸田 まぁ、そうですね

伊丹 仮に、すべてを一番矛盾なく説明できる論理であったとしても、その時はすでに、論理性とか合理性とか、矛盾律とか同一律とかの上に立脚した論であって、つまり論理性と合理性という幻想を採用した上に成り立っているわけですからね、すなわち唯幻論もまた一場のー

岸田 幻想であるトー 幻想ではあるんですけれども、しかし我々何らかの幻想を持たざるを得ない。価値体系がなきゃ行動できないんだから、結局ーだからね、せめて、どのような価値体系にせよ、我々の信じている価値体系が幻想であるということを知っておけと言いたいわけですねーどうせ幻想なんだからームキになるなトー

 

 ちくま文庫版では、用語、人名解説も付され吉本隆明の解説などもあって頼りにしようと読むが、それら自体も難解なのだから困る。

 理解の一助になろうかと3点メモを取ったが、読み返しても余り助けにならないようだ。

 ①文春文庫坂解説 吉本隆明

 岸田秀さんの心理分析の特徴を一口に言えば、大胆で、粗っぽくて、そのかわり自分で考えて造成したあとがにじみ出ていることだと思う。これは、およそ、日本の心理学者や精神医学者からうける印象とは正反対のものだ。

 (以前岸田秀さんと)国家の共同幻想について論じあったとき、個人が幻想の中に入り込むときは、必ず逆立ちして幻想が身体で、身体が幻想のように入っていくものだと言う説明が、個人幻想の集合が共同幻想なのだという岸田秀の考え方からは納得してもらえなかったことを記憶している。ーーわたしはいまでも岸田秀さんを説得する自信があるがーー。

 「保育器のなかの大人たち」でも岸田 秀氏は納得していないようだと言う。

 「幻想」についてもこれをヒントに何回か対談における幻想の項を読み返すが、自分には吉本説も岸田説もよく理解が出来なかった。

 

 吉本隆明は岸田秀氏の心理学の構成の基本点は、次の6点をとりあえず押さえておけば良いと言う。これは自分にとって岸田論を理解するには大いに助けになった。

 ⑴乳幼児は空腹の時、隣に母親がいないと心に欠陥を発見する。その欠落が積もり積もって構造化した時、対象世界になる。だから、対象世界は、欲求の挫折の構造化であり、従って我々に敵対的なものだ。

 ⑵人間の欲求の根元は一次的ナルチシズムに帰ろうとすることだ。そして1次的ナルチシズムの特権は、全能感と一体感で、それが欲しいという願望があると言うことだ。

 ⑶性欲というものは、一次的ナルチシズムの復元の試みだと思う。そして人生は一次的にナルチシズムの世界から出発して挫折していく過程だといえる。

 ⑷近親姦のタブーは、父と娘、母と息子、兄と妹、姉と弟が家族的役割(身分)だから、男女の性的な役割と両立しないところに起源を持っている。

 ⑸フロイトの超自我、自我、エスと言う考え方は、立憲君主制の政体における皇帝、政府、民衆との類比から着想されたものだ。

 ⑹苦痛にもめげずに宗教者が修行したりするのは、自分が聖なる存在だというセルフ・イメージを証明したいからだ。自分の偉大さ、善人性と言うことを証明するためには、いかに人は全てを擲つか。肉体的苦痛まで受け入れることができるのだ、と言うことじゃないか。馬鹿げたことだ。

ー これに岸田秀さんの思想的な姿勢である習俗のニヒリズムが裏打ちされていて点晴を添えている。

 

 ②春日武彦(1951〜精神科医)解説 強靭で真摯さのこもった手作り感の魅力 

 「人生に意味はない。それは猫生や鯨生に意味がないのと同じである。本能が壊れた人間は、代わりに自我に頼って生きており、自我は幻想だから、もともと何の目的も役割も居場所もないが、それではどうすればいいかわからず、生きる元気も出ないので、自我を意義づけ位置づけるために人生に意味を必要とする。人間は、人生の意味を探すがないものを探すわけだから、必然的に様々な愚行を犯すことになる。愚行を全て避けようとすれば生きるのをやめるしかないから、なるべく愚行を少なくして何とか生きるしかない。」

 

と解説者は人生に意味はあるかと問われた岸田秀の答えを上記のように紹介しているのは、本人が唯幻論を端的に説明して、その論に基づく岸田秀氏らしい答えだということだろう。

 カウンセリングでクライアントが相談したとき、唯幻論で回答するとどんな質問でも大抵似たようなことになるだろう。吉本隆明の言う習俗のニヒリズムか。

 かくのごとく岸田理論では人間の本能は壊れたという前提に立ち、人生に意味はないという結論になる。尋ねた人は納得するか、反駁するか。こうまで断言されると唖然として黙るような気がする。

 

 ③文庫版の伊丹十三のあとがき

 私(伊丹十三)が対談で岸田秀から学んだことはー。

 人生で「他者と出会うためには、まず自分と出会う努力をする必要があるのであり、逆にいえば、自分に出会う努力をした者だけが他者ともよく出会うことができる」

 「自分と出会うということは、とりもなおさずエス(注)と出会うということに他ならない。(自我にはすでにに出会っている)ところがこれが筆舌に尽くしがたく難しいのだね。なぜなら、エスに出会うためには、とりあえずエスを直視する必要があるからである。ところが、エスと言うものは、自我から排除された、自我に反するもの出てきている。つまり、自分の中にそのような要素があることを、本人が死んでも認めたくないようなものでできているのがエスなのである。」

 「岸田さんの言う通り、理屈はまことに簡単、しかし実行はまことに難しいのであり、私がいまだに迷い多き人生を歩んでいることに変わりはないのである。」

 

  (注)エスとは ウキペディア

 エス (Es) は無意識に相当する。正確に言えば、無意識的防衛を除いた感情、欲求、衝動、過去における経験が詰まっている部分である。

 エスはとにかく本能エネルギーが詰まっていて、人間の動因となる性欲動(リビドー)と攻撃性(死の欲求)が発生していると考えられている部分である。

 リビドーこれはジームクント フロイトが「性的衝動を発動させる力」とする解釈を当時心理学で使用されていた用語_Libido_にあてたことを継承したものである。一方で、カール・グスタフ・ユングは、すべての本能のエネルギーのことを_Libido_とした。

 

 読後感

 岸田 秀氏の独創的かつ特異な発想と意表をつく言い方(表現)。伊丹十三の博学ぶり。我が脳の脆弱性を再認識した。

 伊丹十三は理屈は簡単(だが実行は難しい)と結論づけているが、情けないことにその簡単な理屈が自分にはなおよく分からない。困ったことに生来の脳の脆弱性に加齢による認知力、読解力の低下も加わりつつあるようだ。

 目借りどき 我に難解 唯幻論 の心境になっている。


 

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この木何の木? オウゴンモチ・マサキ? [自然]

 

 新緑は圧倒的にグリーンが多いが、カナメモチのように赤い新緑(?)もある。しかし黄色は珍しい。散歩中見つけた植木は、秋の銀杏イチョウなどの黄葉とは趣きの異なる明るい黄色だ。

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 グーグルフォト検索では、黄金黐(オウゴンモチ)か黄金柾木(オウゴンマサキ)という。 素人目にはどちらか判然とせず断定し難い。

 オウゴンモチであれば、モチノキ(餅の木・黐の木・細葉冬青、学名: Ilex integra)モチノキ科モチノキ属の植物の一種)の園芸種。

 オウゴンモマサキならマサキ(柾・正木、学名: Euonymus japonicus)ニシキギ科ニシキギ属の常緑低木。

 どちらかといえば、オウゴンモチのような気もするが決め手がない、

 

 なお、春の新芽が赤くなるカナメモチは、バラ科/要黐カナメモチ属常緑広葉/小高木。オウゴンモチ、オウゴンマサキとは別種だ。

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 園芸種レッド・ロビンはカナメモチとオオカナメモチの交雑種で、「セイヨウカナメ」の名で流通しているとか。

 この三つはモチノキ科、ニシキギ科、バラ科と科名が異なるのも面白い。

なお、オウゴンモチらしき黄色い芽の左隣に写っている濃い緑の植木は、写真では分かりにくいが、昨年検索して知ったカラタネオガタマ唐種招霊だった。今花の時期で強いバナナの香りがするのでこちらは間違いない。

 英名はバナナの木 和名が唐種招霊(カラタネオガタマ) 中国名は含笑花(ガンショウカ)である。

  バナナツリー 和名唐種 招霊よ 中国名は 含笑花なり

 と記憶の扶けになるかと三十一文字にしたりして覚えた。

  名を知れば あちこちに見る 含笑花 

 

 これは他の花木でも使った5・7・5なので記憶の扶けにはならないが、見た目は地味ながら香りが良く結構好きな方が多いらしく、よく植えられている木である。

 

 

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岸田秀再読その1 「哀しみ」という感情 [本]

 
  岸田 秀(きしだ しゅう1933〜)氏は、心理学者、精神分析学者、エッセイスト。和光大学名誉教授。主著は「ものぐさ精神分析(1977)」など。この主著がブレーク、日本思想界にセンセーションを巻き起こす。「人間は本能の壊れた動物である」とし、独自の「唯幻論」を提言した。

 唯幻論など岸田著書はリタイアしてたっぷり時間が出来たので、河合隼雄、池田晶子、養老孟司などとともに何冊か読んだ。浅学の悲しさすべて中途半端な読書だったと思うので、(この著者だけ特別のことではないが)そんな考えもあるかでみな終わっている。

 

 当時の読書記録によれば、読んだのは「ものぐさ人間論」、「唯幻論論」(いずれも青土社)、「性的唯幻論序說」(文春新書)、「幻想に生きる親子たち」(文藝春秋)、などだが、主著の「ものぐさ精神分析」は記録に無かったので多分読んでいないようだ。また逆に「古希の雑考」、「不惑の雑考」などは書名を記憶していて、読んんだような気がするが記録には無い。我が記憶、記録ともあてにならない。

 

 ただ、岸田 秀氏の読者の多くは同じような印象を受けたと思われるが、人間は本能が壊れた動物でそのかわりに生じた自我によってコントロールしている、とか、自我は内的なものと外的なものがあるがいずれも幻想であるといった独自の言い回しが刺激的かつ新鮮で惹かれながらも、一方でそうはいうけどねぇ、と思ったものだ。

 中でも個の内的外的自我は国家のそれと通底している(国家の全体的構造と、その国に住む国民の個々の人格とは通底する・・・・)という論には驚かされた。ペリー来航や太平洋戦争などの独特な歴史解釈が印象的だったのをよく覚えている。

 

 岸田秀氏のことはこのブログでも何回か取り上げた記憶がある。そのうちの一つに

  水上勉の「原子力発電所」と岸田秀氏の「ペリー来航」

  https://toshiro5.blog.ss-blog.jp/2012-07-29

 がある。岸田秀氏の3.11発言を紹介したくだりだ。

「その岸田秀氏は福島の原発事故について発言している。

 「敗戦と原発事故は「人災」という点で合致しています。「人災」を生んだのは、日本軍にせよ原子力ムラにせよ、自閉的共同体が組織を構成していたからです。自閉的共同体とは自分たちの安全や利益しか見えず、しかもその自覚がない視野狭窄者の集まり。そうした共同体たる日本軍が日露戦争以来、強い軍事大国であるという「幻想」を捨てられず、結果として多数の犠牲者を出しました。同様に原子力ムラという自閉的共同体も原発は安全だという「幻想」に依って立ち、未曾有の被害をもたらしてしまった。日本軍と原子力ムラの精神構造は同一です。敗戦や事故の可能性はかねて指摘されていたのに、自閉的共同体にはそれが見えなくなっていたのです」「サンデー毎日 」(10・23号 「3.11と日本人の精神構造」)」

(原発事故は、自閉的共同体の幻想を捨てるため天がくれたチャンスだ)

 

 このブログ記事の中で自分はこう書いている。

「唯幻論、共同幻想、外的、内的自己分裂とか人間の本能は壊れているなど、耳新しい言葉が面白かった。自我は家族に国家に及ぶという一貫した考え方は、何となく納得感がある。しかし、40年近くひたすらサラリーマンを勤めてきた者にとってはどこか、何か説明出来ないのだが、少し違和感もあったことも覚えている。」

 

 今となれば違和感は、我がサラリーマン人生から生じたものでは無く、たぶん氏の唯幻論に対する我が半知半解から来ていることに疑いは無い。

 

 コロナ禍の中、しばらくぶりで図書館に行ったとき、たまたま岸田 秀氏の「哀しみ」とという感情(新書館 2007)」が目につき、つい懐かしくて手に取った。

(懐かしくてというのもあるが、もともと新しいジャンル、著者やテーマに挑戦しない性癖が自分にはある。)

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 この本は著者(当時74歳)が雑誌や新聞に書いて掲載された短文などを集めたもの。そのうちの一つであるこの表題をそのまま書名(本の題名)にしている。なぜこの一章を選んだのか気になったので、本棚の前でこの章だけ立ち読みした。読んで見るとこの一文が一番著者らしいからだ、と気付く。ある意味著者のものの考え方の元になっている原点の一つなのではないかと思った。

  曰く「哀しみと言えば、去年(車に轢かれて)飼い猫が死んだことが哀しい。〜中略〜ところで、猫に限らず動物一般は、喜んだり怒ったりはするが、哀しむことはなさそうである。〜中略〜どうも哀しみは人間特有の感情らしい。」として、人はやるが動物はやらないことは二つあるという。

 ①人は現実から目を離し他のことを想像出来る。(人は轢かれず生きて生を楽しむ猫を想像出来る)

 ②現実に感じている感情や欲望を抑圧出来る。(つまり轢いた人への恨みを抑圧しそこに哀しみの感情が生まれる。)

 想像力が豊かな人ほど哀しみは深い。(哀しみという感情2007)」

 

 著者は、上述の如く人間の本能は動物と違って壊れた、それでは生きられないので自我が生じ自我をコントロールするようになった。自我は現実とは異なる幻想であり、内的な自己(我)、外的な自己(我)の分離、国家の全体的構造と、その国に住む国民の個々の人格とは通底する、などと独自の「唯幻論」を展開する。この持論は「人と動物は異なる」と言うことが根底にあって、それをベースに構築、発展しているように見える。

しかしながら人は動物とは違うところもあることは確かだが、基本的なところでは同じなのでは無いかとも思う。

 人間は未熟のまま生まれ長期間親などの庇護がいるというが、生まれてすぐ歩き出す動物もいるしカンガルーやパンダなど未熟のまま生まれ長期間大人にならない動物もいる。程度問題だろう。

 例えば動物も人間と同じように相互に意思疎通が出来るとする説もある。言葉と文字がないだけのことで鳴き声や我々の知らないその他の手段で。(岸田秀氏も動物にコミュニュケーション能力がないと言っている訳ではないけれど。)

 また動物も怒りや喜び恐れだけでなく、哀しみなどの感情も持つとも推察出来る。子象が死んだとき、そばを離れぬ親象の悲しみ、パートナーを失った鴛鴦、主人を失った犬や猫でも哀しみの感情はあるとも思う。屠場に運ばれる牛の筋肉には特別の物質が発生すると何かで読んだことがある。牛も哀しむのだ。哀しみの感情は人間だけのものと断定出来ないと思う。人以外の動物の全てに想像力が無く、抑圧も無いと言い切る根拠は何か。

 

 人は確かに動物と異なる点もある。しかしその動物も脳の有無、大小、行動を含めて多様であり、種により似たところも違うところもある。人間だけ特異だと言い切るのは乱暴と言うものだ。そう考えると岸田 秀氏の持論を疑惑の目で見るようになる。

 岸田氏自身も認めている様に氏の唯幻論や国と国民の個々の人格は通底するといった議論は賛成派も多い代わりに批判派もいるのは、このこととも関連するのではないかという気がする。

 岸田氏の「唯幻論」はかなり感覚的である。言い換えれば感覚に訴えてくるものがあるのでついうなずいてしまうところがある。しかし生物学的に本能が壊れるということはどういうことか、本当に他の動物に似たようなものはいないのか知りたいものである。

大脳生理学的、遺伝子学的、生物学でもそんなことは解明出来ないよと一笑に付されそうだが。

 自分もだいぶ歳を重ねているせいか、次のような氏の死生観が書いてある一文が目についた。こちらはごく真っ当なものだなと思う。

「いつか死ぬ自分というものをきちんと知って、思い描く。そのうち死ぬんだという自覚しておく。明日死ぬかもしれないといつも考えておくことしか死の恐怖克服する術はないかもしれない。〜中略〜死に関する根源的な不安から人間は解放されないのだと諦めた方がいい。(ストレスは人生の必需品2008)」

 

 前述のように我が岸田 秀理論・「唯幻論」理解は中途半端で、多分誤解も多いだろう。養老孟司の文化や伝統、社会制度はもちろん、言語、意識、心など人のあらゆる営みは脳という器官の構造に対応しているという養老孟司の「唯脳論」と「唯幻論」は どう違うのか。

 また福岡伸一氏のように「私たちは、もっぱら自分の思惟は脳にあり、脳が全てをコントロールし、 脳はあらゆるリアルな感覚とバーチャルな幻想を作り出しているように思っているけれど、それは実証されたものではない。消化管神経回路をリトルブレインと呼ぶ研究者もいる。しかもそれは脳に比べても全然リトルでないほど大掛かりなシステムなのだ。私たちはひょっとすると消化管で感じ、思考しているかもしれないのである。人間は考える葦でなく、考える管なのだ。」という議論(できそこないの男たち  講談社2008)も気になる。

 

 もう少し氏の他の著書を読んでみようと思う。

 

 


 

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秋声の「爛(ただれ)」と寂聴の「爛(らん)」 [本]

 


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瀬戸内寂聴の小説「爛」は装丁表紙でもRanとローマ字でルビをふって「らん」と読ませているが、徳田秋声の小説「爛」は1913年 初出時の表題が「たゞれ」だった(後に「爛」と改題)というから「ただれ」の読み方であることは明白である。


 よって寂聴の方のテーマが高齢女性の性愛を鮮やかで明るいもの(爛漫)として描いたのに対して、秋声の方は小説のテーマを「(糜爛びらんのように)爛れた男女の関係」と表題に込めたと解して良いのだろう。


 つい最近図書館の本棚で寂聴の「爛」という表題が目に止まり、その表題にやや違和感を覚えたのでつい手に取り、読んでブログで感想を書いたばかりである。


    爛 瀬戸内寂聴 新潮社 2013: しみじみe生活


 さて、その後時折り覗く青空文庫で秋声の「爛」を見つけた。これは全くの偶然である。二つの小説は表題が同じなので、目についただけのことで意図して探した訳ではない。


 小説家は自分の小説で言いたいことを、表題で一言で表したいのだろうと思うと、小説の表題には気が惹かれ興味も沸くというもの。


 寂聴の「欄(らん)」は分かり易い。女性であっても幾つになろうが性愛を愉しんでも良いのよ、と言っているのだろう。あくまで推察だが、自分も若いときは奔放だったし、流石に51歳で得度したのちは現実に行動はしなかったけれど、歳に関係ないものと良くわかります、という感じである。言いたいことは、女性もどんなに歳を取ろうと(幾つになっても)性愛を抑制することは無いのよ、ということであろう。


 一方秋声の「爛(ただれ)」は高齢者の夫婦の話ではなく、時代背景は売春防止法(1958)もない、妾なるものがまだ普通に存在していた頃の話で、寂聴が「爛(らん)」を書いたほぼ100年も前の話である。


 身請けされた遊女お増が、次々と女に心が移って行く身勝手な男浅井に縋(すが)って生きていくしかない女の生き方を描いた長編小説とされるが、それを爛(ただれ)と表題にして本当のところ作者は何を書きたかったのだろうか。女性の経済的、精神的自立のようなものなら分かり易いのだが、そうでも無さそうで今ひとつしっくりこない。


 日本の小説は源氏にはじまって西鶴に飛び、西鶴から秋声に飛ぶと川端康成が言ったとされる。秋声は自然主義小説 私小説の最高峰で漱石、鴎外をも凌ぐという意味の言である。


 それが正当な評価かどうか知らないが、それほど徳田秋声(1872〜1943 )はまさに日本の近代文学を代表する作家なのである。


 他に「あらくれ 1915」、「仮装人物 1935」 、「死に親しむ 1933 」「 黴 1911」、「縮図 1941」などがあるが読んだことがない。


 そんな作家が、たしかに通常の夫婦関係とは言えない妾(のちに後妻)とその旦那の心理を描き、なぜ「爛れ」と表題にしたのだろうか。近代文学、自然主義小説、私小説などに疎いせいか自分にはストンと腑に落ちない。


 青空文庫は作中で爛という語をどう使っているか検索出来るので試みた。220ページ余の中に次のとおり4カ所しかない。よほど注意して丁寧に読まないと全部は気づかない。


 自分は②を見落とした。


 ①「青柳は縁の爛れたような目に、色眼鏡をかけて、筒袖の浴衣に絞りの兵児帯などを締め、長い脛を立てて、仰向けに」22p


 ②「(お雪と青柳の)二人とも、今少し年が若かったら、情死もしかねないほど心が爛れていた。」 19p


 ③「(お増は)温泉場の旅館に、十幾年来覚えなかった安らかな夢を結んだりした時には、爛れきった霊が蘇ったような気がしたのであったが、濁った東京の空気に還された瞬間、生活の疲労が、また重く頭に蔽っ被さって来た。 」119p


 ④「花で夜更しをして、今朝また飲んだ朝酒の酔いのさめかかって来た浅井は、爛れたような肉の戦くような薄寒さに、目がさめた。綺麗にお化粧をして、羽織などを着替えたお今が、そこに枕頭の火鉢の前にぽつねんと坐っていた。 」218p


 ①②の青柳とお雪は主人公ではない。青柳の情婦がお雪で主人公お増の友達という設定だ。二人は脇役であってこの「爛れ」は本題とは直接の関わりは無さそうである。


 ③のお増は主人公であるが、ここでの「爛れ」は、お増の気持ちが普段爛れ切っていて疲れていることをさらりと言っているように読みとれる。


 ④の浅井は妻がいるのにお増を身請けし、その後離縁した前妻が狂死してしまう主人公である。ここに出てくるお今は、お増の遠縁の娘で三人で同居しているときに浅井と関係してしまう。お増は何とか嫁に出してしまいたいと腐心するのだ。ここの「爛れ」は酔い覚めの浅井の心理描写だが、三人の爛れた関係をも暗示しているのかも知れない。


 このように秋声は「爛れ」を4回しか使わず、もちろんその本質が何かなどと触れず、上手に読者に爛れた男女関係を想像させているというところだろうか。


 もとより小説は、従って私小説も身の回りのことを書いて作者が何を言いたいか、読者に考えさせるというものだろう。当然ながら読み手に解釈を任せるということは、読み手によってそれぞれ異なるものになるはずだ。


 だからこの秋声の「爛(ただれ)」もどう読むのが正しいか、正解はない。「爛れ」が腑に落ちなかったなら、そのままで良いのだろうと思うしかないようだ。少なくとも「爛」の二つの意味のうち寂聴の鮮やか、爛(らん)ではなく爛(ただれる)の方には間違い無さそうなのだから。


 なお、秋声の文体は難しい言葉は少ないが、一文が長いものが多い。時々読み返すことになる。そのせいか独特の雰囲気があるが、それが何かはよく分からない。小説全体もそうなのかも知れぬ。もっとも一作だけで秋声を理解しようということ自体、無理なのに違いない。


 小説というものは、随筆などと違い厄介なものだとしみじみ思う。


 なお、ネットでこの小説がその後映画化されたことを知った。どんな映画か知る手立てもないが。 若尾文子、田宮二郎主演。


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猫踏んじゃった俳句 村松友視 角川学芸出版 2014 [本]

 著者は1940年生まれで自分と同年である。同じ紀元2600年(昭和15)生まれ。正確に言えば、4月生まれだから、自分より3か月ほど先輩。同い年だから著書を読みながら著者が今は何歳で、この本を書いたのは何歳でそのとき、一方で自分はあんなことをしていたな、こんなことは考えもしなかったな、といったことを読みながら考える。著者が自分より年上か年下か、幾つぐらいの年齢差があるかは本来なら本の内容とは無関係なことだが、書かれた内容に関係づけてしまうのは多分良くない習癖だし、あまり真っ当な読書とは言い難いであろう。自意識過剰読書である。とは言えどうしても、自分と同じ生年だと何かと妙な気持ちを抱きながら読む。妙な気持ちが何なのかは分からぬ。少なくとも、故人の著書や、極端に若い人の著書を読むのとは明らかな差異がある。同じだけ生きているこの人はこんなことを考えていたのか、といった具合だ。当たり前ながら自分に似たところもあるし、全く異なることも多い。


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著者は知られているように、本の出版に携わる編集者出身でエッセイ、小説を書く作家、自称散文家と仰る。江國 滋、半藤一利など出版社出身のこういった方は意外と多い。生年が同じというだけで、サラリーマンを辞めて20年以上何もせず暮らしている、自分とは別の世界に生きる著名人だ。村松友視氏の著書は多い。「私、プロレスの味方です 金曜午後八時の論理」1980、「時代屋の女房」1982  、「アブサン物語」河出書房新社 1995 、「おんなの色気おとこの色気」ランダムハウス講談社文庫 2008等など。最後の「おんなの色気〜」はかつて読んだ記憶があるが、中身はまったく覚えていない。そのほかの著書は未読だ。


 さて、「猫踏んじゃった俳句 である。


 中野区鷺宮図書館の本棚は基本的には作家別だが、幾つかジャンル別の本棚もある。作家別は苦手で、帰りに俳句などの詩歌棚を覗くのが習慣になっているが、読みたい本はもうあまりない。


「猫踏んぢゃった俳句」は 俳句知らず、俳句を自作しない、従って俳句を論評する力はないと謙遜する著者が雑誌「俳句」に掲載した短文を纏めたもの。著名な俳人とその句を評し最後にその俳人の猫を読んだ句を挙げて評する趣向。著者は内田百間の「ノラや」を愛読書と言って憚らない根っからの猫好きなのである。


 しかしこの趣向は少し無理がある。俳人は確かに猫の句をたいてい詠んでいるが、猫にかかる季語(春)は「猫の恋」や「子猫」など少ないし猫だけでは季語ではない。


多くの猫句は恋の猫だからか、その俳人らしさのあふれた名句は少ないような気がする。


 採り上げられた幾つかの猫の恋句を挙げればそれは歴然としているだろう。 むしろ猫を詠みながら他の季語を使った句には良句があるような気がする。


 例えば漱石の 朝貌の葉陰に猫の目玉かな


(猫の墓と前書きでもないと何のことか不明ながら有名な) 此の下に稲妻起こる宵あらん など。


 


 此の本に出てくる猫の句で、自分が好きなのは次のようなものである。


芭蕉  猫の恋やむとき閨の朧月


万太郎 仰山に猫ゐやはるや春灯


一茶  猫の子がちょいと押さへるおち葉哉


蕪村  順礼の宿とる軒や猫の恋


虚子  白き猫今あらはれぬ青芒


真砂女 恋猫に刃傷沙汰のありにけり


多佳子 恋猫のかへる野の星沼の星


秋邨  百代の過客しんがりに猫の子も


波郷  暫く聴けり猫が転ばす胡桃の音


 ちなみに「猫踏んぢゃった俳句」は、現在82歳の村松友視氏が74歳のときの作品。猫に関心があるのだけは自分と共通している。俳句に造詣が深いのに自作しない作家と、何も知らないくせに「俳句もどき」を手すさびでで弄ぶ自分とは大いなる落差がある。


蛇足ながら、「猫踏んじゃった」は、作曲者不詳、変ト長調または嬰ヘ長調の世界中で親しまれている曲。ピアノ・独奏が基本だが、多数のアレンジやバリエーションが存在する(ウキペディア)。著者は猫句を軸にした短文なのでこれを表題に使ったが、その意図、謂れなどに言及していない。例によって斜め読みなので見落としているかもしれないが。日本の詩の冒頭は次のとおり。


 ねこふんじゃった ねこふんじゃった


 ねこふんづけちゃったら ひっかいた


 ねこひっかいた ねこひっかいた


 ねこびっくりして ひっかいた


 悪いねこめ つめを切れ


 屋根をおりて ひげをそれ... あと延々と続くが、何を歌いたい詩なのかよく分からない。詩よりリズムのほうが人の心を捉え世界中の人に愛されているのであろう。


 


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爛 瀬戸内寂聴 新潮社 2013 [本]

 

コロナ禍で変わったことは、幾つもあるが読書が大幅に減少したのもその一つ。状況からすれば、むしろ読書量は増えて当たり前のようなものだし、たぶん他の人はそういう人も多いと思うが、自分の場合は図書館に行かなくなったのが最大要因らしい。

 先日久しぶりに区立図書館に行くと図書滅菌器なるものが導入されていた。図書館も今は民間業者に委託されているのだろうが、コロナ禍の利用者減で何かと大変なのだろうと推察する。

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 本棚を探しても久しぶりのせいか読みたい本もあまりない。ふと「爛」(瀬戸内寂聴 新潮社 2013)が目に入って来た。

 え?爛、らん? 

 「爛」は辞書を引けば解ることだが、「ただれる」と「鮮やか」と二つの意味がある。しかしどちらかと言えば、火篇のせいか前者の意味の方を自分は強く意識する。

 「爛」1 ただれる。くさる。やわらかくなってくずれる。「爛熟/糜爛 (びらん) ・腐爛」2 あふれんばかりに光り輝く。あざやか。「爛然・爛漫・爛爛/絢爛 (けんらん) ・燦爛 (さんらん) 」

 本(小説)の表題としてはあまり関心しないなと思ったのが借りた動機だ。え?と思ったのである。

作家はもちろん後者の意味で題名にしたのだろうが。

 「爛」の主題は高齢女性の性愛である。若かろうが高齢だろうが女性のこと、中でも性愛は基本的に理解は不可能だと思っているので、この本も流し読みでもあって本当のところは解らないと思う。

 80歳くらいの女性の性愛の話だから、大岡越前の母堂の火鉢の灰、花咲婆さんや高力士などという言葉が小説にも出てくると言えば中身はおおよそ推察出来るだろう。

 瀬戸内寂聴は1922年生まれ。2021年惜しまれつつ99歳で亡くなった。「爛」を書いた2013年は、自分と同じ82歳。我が老化ぶりと比べるのも気が引けるが、そのエネルギーには感心するのみ。

 読み終わって何か最近これに似たようなものを読んだなと思い出した。「上海甘苦」(高樹のぶ子 日本経済新聞社Ⅰ〜Ⅳ 2009)である。 これも表題の「甘苦」に惹かれて借りた。主人公は上海でエステサロンを経営する51歳の女性と39歳の男と言えば解るように「爛」と似たテーマである。高樹のぶ子は1946年生まれだから63歳の時の作品である。

 表題の甘苦(かんく)も辞書には二つの意味がある。 あまいことと、にがいこと。 楽しいことと、苦しいこと。苦楽。「―を共にする」

 作家の意図は強いて言えば後者であろうが、前者の「甘い、にがい」ももちろん含まれていよう。上海は二度ほど現役の頃、行ったことがあって小説の中の街の描写と挿入画(写真)が懐かしかった。

 二つの小説の主題は高齢者の性愛であって、男にとっても老人文学のテーマの一つであるそれと何ら変わりはない。

 

 1932年生まれの岸恵子81歳の著書「わりなき恋」(幻冬社2013)などと同類だがたまたまとはいえ、似たものを良く読むなと我ながら感心する。

 「わりなき恋」は女性の国際的ドキュメンタリー作家69歳と大企業のトップ58歳(男)の恋の話だったが、だいぶ前、たしか老いらくの恋をさかんにこのブログで書いていた頃に読んだ。

 

 意図的に選んで読んでいるわけでは無いが、老人文学を良く手にするのはやはり老人にとって自然のことなのだろう。そして老人文学には男もの、女ものがあるのもごく自然なことである。


 

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プリンター廃インク吸収パッド交換体験記 [PC]

 2023年弥生3月某日、プリンターに「エラー 廃インク吸収パッドの吸収量が限界に達しました。◯◯◯◯(メーカー)の修理窓口に交換をご依頼下さい」と表示が出てうんともすんとも言わなくなった。

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 何日か前にも二度ほど同じ表示が出たがそのまま使えたのに、とうとう廃液が満杯になったらしい。この時に備えて対策をネットで調べていたが、選択肢は幾つかある。

  ①買い換える。同機能レベルなら3万円程度。

  ②メーカーに修理に出す。自宅まで取りに来てくれるサービスもある。

  ③自分で廃インク吸収パッドを交換する。

 ②が1番楽なのだが、メーカーに聞くと機種が2012年発売と古く該当しないと分かり、妙な反発心が湧いてあろうことか③を選択、挑戦してしまった。

 ネットで廃インク解除キー900円程、廃インク吸収パッド材(化粧用パフみたいなもの)を千五百円前後で買えば自分で簡単に交換出来るという。

 YouTubeで同じ機種の吸収パッドを交換しているを見つけ、自分でも出来そうな気がしたのである。

 これが浅はかな判断だったことは、購入後すぐ思い知らされる。

 まず廃インク解除キーなる物を買うとメールが来て「解除アプリソフトをダウンロードして記されたパスワードを使い解除せよ」とのこと。なるほど簡単だと感心した。

ところが、何とどうやってもダウンロードが出来ない。購入先と何度かメールでやり取りするが先方はダウンロード出来なければ返金すると早々に引く姿勢。まぁ、先方としては自らが何ともし難い原因なのだから仕方がない。当方は新しい吸収パッド材を買ってしまっているので、もう少し待ってと頼み込む始末。

 ダウンロードが出来ないのは、先方も同意見だったが、セキュリティソフトの関係だろう。分かっていても、セキュリティソフトを一時停止して何度やってもダメ。新pcに変えたばかりだったので、旧pcで試みるも同じセキュリティソフトが入っているせいかこれもダメ。

 途方に暮れて一時中断、夜中目が覚めたとき「そうだ何も自分のpcにこだわることはなかろう」と息子がたまたまpcを持って帰省していたのでダウンロードしてもらった。セキュリティソフトを入れていないとのことであっさりダウンロードに成功。ブラウザをUSBメモリーにコピーして自分のpcに移し、買った解除キーのパスワードを入れると、あっさり解除が出来た。

 さて次も大変。吸収パッド材を入れるべくプリンターをひっくり返しドライバーでネジを一本だけ外してケースを取り出すのはYouTubeで見たとおりで簡単ながら、吸収パッド材は型紙を頼りに20片近くにカッターで切る必要がある。息子と家人が二人がかりで詰め込んで貰ったが複雑な形状の器なので大変だ。体調不良で普段何もしていない自分はもうこの段階でヘロヘロ。二人にやって貰うのを見てるだけ。廃インクというだけあってビニール手袋もキットに入っているが、敷いた古新聞紙ともども真っ黒になる。

 6色のインクは混ざると真っ黒(玄)になるというが、その通りと妙なところで感心する。

 1時間半ほど詰め替えに要したろうか、終わって試運転、試し刷りで確認して再びプリンターは甦った。

 それにしても年を考えれば、バカな選択であった。買い替えておけばこんな苦労はしなかったのにと後悔する。物を大事に使う、SDGsは大事なことだが年寄りにはムリだ。

繰り言になるが、プリンター蘇生をやってみて、安く済ませようなどと妙なことを考えると体力と気力が消耗するだけだったと悔んでも遅かった。まぁいけるだろうという若い時の感覚はもうあてに出来ないようだ。

 ただ、機械は使えるのに廃インク吸収パッド交換をしないメーカーには不満がある。プリンターに限ったことではないが、メーカーにとって新機販売が最優先であることは理解するものの程度問題であろう。彼らにSDGsを言っても栓なきことか。されば誰にでも出来るパッド交換が出来るように設計してくれ。

 なお、これとは別だがもう一つ反省したことがある。ダウンロード騒ぎでセキュリティソフトを入れると、自動的にMicrosoft Dfenderは停止になる、ということを今回初めてセキュリティソフトのヘルプデスクに教えて貰った。停止ということは機能しないということであり、その間遊んでいるのであって二重にブロックしているわけではない。先日pcが壊れた時に、pcメーカーのヘルプデスクは、「通常マイクロソフトデフェンダーがあるから改めてセキュリティソフトは入れることはないと思います」と言っていたのを思い出した。セキュリティソフトは、先日3年ものを更新したばかりだが結構な値段だ。知らないでやっているとpc生活は何かと無駄が多い。


 

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新pc windows11買った!オチた!蘇生に2ヶ月! [PC]

 昨年11月、Windows8.1のpcを11搭載の新pcに買い替えた。

 2013年にWindows8のpcを買い、2018年8.1にグレードアップして実に9年も使用した。iPadをもっぱら使っていると、起動のわずらしさもないのでpcはほとんど使わなくなった。

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 iPadとiPhoneのバックアップでiTunesを使うのと、筆まめの宛名印刷などの場合しか使わなくなったので新pcに買い替える元気が出ない。

 通常pcの使用年限は4〜5年というから9年とは長く使ったものだが、8.1は2023年1月にサポート終了と頻繁に警告が出るようになった。

 Windowsをずっと使っていて、Macに換え損なった反省と後悔を引きずっていることもあって、機種変更となると気が重いことである。しかしそうも言っておられず、最近のpcはSSD搭載などもあってこれまでと格段に使い易い、などと聞くと買い替えたくなった。

 たしかにWindows11の操作は、10をパスした間の変化(進歩?)のせいかいささか戸惑う。クラウドがやたら前面にのさばっている。自宅勤務のためにオンライン会議などのためか共有の仕組みなども進化している分複雑だ。

 リタイアして一人遊び用でpcを使っている者にとっては、クラウドも共有もあまり有り難くない進化だ、と嫌味も言いたくなろうと言うものである。クラウドドライブはすぐに無料の上限に達するのでサブスクリプション課金となる。当方はそれほどの仕事量などない。最近ドロップボックスも一杯になりやめた。グーグルドライブ15GBあれば十分で、特にマイクロソフトのワンドライブはうるさいので早々にリンクを解除した。

 総じて言うと、ノートpcは限りなくタブレット端末に近付いているように見える。一方デスクトップはキーボードとpcとモニターに3分割されたものが主流になりつつあるようで、こちらの方が自分に合っていそうな気がして最後の最後まで迷った。しかし、今さら新しいものに挑戦する元気もなくノートパソコンを買ってしまった。iPadとiPhoneとノート型パソコンでは面白味に欠けて中途半端は目に見えている。

 ノート型パソコン歴は四半世紀以上になり、何台目か覚えて無いが10台目くらいか。機種変更は何度やっても面倒である。wifi、ネット接続、メール、ヴァージョンアップによるソフトの入れ替え、セキュリティソフト等々際限が無い。買ったとたんに壊れた時のためにリカバリーソフトなどを作らねばならない馬鹿々々しさまでおまけがつく。

 80歳を過ぎたらもうpcはやめだと宣言した或る先輩がおられたが、その気持ちがよく分かる。ましてやiPadやiPhoneがあり、これが進化して使いやすくなっている。起動は早いしシャットダウンもストレスが少なくマルチタスクも扱いやすい。手書き、音声入力も進化している。特にアップルペンシルによるデジタルドローイングの書き味はなんとも言えない。機種変更も苦にならない。

 新pc購入にあたってはインテルi7、メモリー16GB、SSD、HD1TBなどにこだわったが、考えてみればばかな話である。老人が愉しむ程度なのにpcのハイスペック能力は宝の持ち腐れというもの、しかもpcの持っている機能のほんの一部しか使っていないのだから。使っていない部分は沃野ともいうべき広大な天地だと昔から思っていたのに、また同じ愚行である。まあ、これはiPadやiPhoneでも同じことではあるが。

 iPadでデジタルお絵描きをするのがいまの唯一の趣味なので、極端に言えばバックアップのためのiTunesが必須だから新pc、Windows11を買ったようなものだ。他に何かやりようがあったのでは無いかとグズグズ反省している。未練である。

 ブログ原稿を書いたりFBを見たりするし、外出しないで済むのでせいぜいインターネットショッピング、バンキングを多用しているのだから良いではないかと思おうとしても、これら全てiPad iPhoneでできてしまうのだ。

 

新pc windows11オチた!

 さてこの新pc、自分仕様にカスタマイズ中の1月初め、突然オチるが如く故障した。「プログラム更新してシャットダウン」をクリックした途端に落ちて二度と起動しなくなった。購入して2ヶ月ちょっとだ。OMG。ネットで調べて修復モードでいくつか試みたがダメでヘルプデスクに相談。ヘルプデスクので指導の下、ネットで調べたやり方を同じように繰り返すもダメ。結局初期化。11月購入時外付けHDに取っておいたデータ頼みだったが、これが何と故障していて新pcを認識しない。外付けHDメーカーのヘルプデスクに診断して貰うと明らかに故障という。このメーカーもあろうことかpcメーカーの子会社だったのが余計癪のタネ。平然とデータバックアップは2重3重にしておかないとダメと宣う。OMG。泣き面に蜂。

 ラッキーなことに、ダメだろうと思っていた古い外付けHDが使えることが判明。旧pcを慌ててデータコピーする。11月初め時点のものだ。12月1ヶ月間のデータはない。iPadを使って作業したものだけが頼りだ。

 さらに泣き面に蜂は続く。新しいアカウントを開くと何とピクチャーのフォルダがエクスプローラーに見当たらない。またまたヘルプデスクに頼る。デスクはクールに二つの選択しか無いと言う。一つは初期化、もう一つは別アカウントを作って見る。酷い話であり、買ったばかりのpcだと息巻いても栓なきこと、やったことは無いが別アカウントを作ることにする。

 幸い別アカウントにはピクチャーフォルダも現れたので、これにデータをコピーして元の状態に出来るだけ近い状態に復元していくしか無い。最初のアカウントは暫くして削除して一応新pcは回復、蘇生した。

 それにしても最初の起動せずオチた原因も、ピクチャーのフォルダの欠落原因も不明だからいつまた同じこと、あるいは新しい事故が起こる可能性があると思うと、こころ穏やかならず不安のプレッシャーは半端ではない。

 今回の故障から回復過程は年寄りには応えた。結局役立たずだったが回復キー48桁の数字の入力を数回やったしんどさが1番象徴的だ。初期化後の外付けHDディスクからのデータコピーも時に6〜12時間以上かかって体に応える。今のSSDなら速いのだろうが。

 2022年11月新pcにして1月に壊れたあと、結局回復に2月いっぱい、実に2ヶ月を要したことになる。結局マイクロソフトアカウントにサインしない状態で(ローカルで)使っているのだからほぼWindows7に戻して使っていることになる。情け無い話である。

 それにしてもpc購入〜故障〜蘇生のこの4ヶ月弱は疲労だけが残り、呆け防止にもならなかった年寄りの冷や水そのものだったような気がする。

 ノート型パソコンは限りなくタブレット化して何を目指すのか、一方でタブレットはキーボードをつけることでpc化しているが何を目指すのか、目指すものは同じなのか門外漢には一向に想像出来ない。根拠のない想像だが、何となくタブレットが生き残るような気がする。

 デスクトップpcは本体は小型化しディスプレイが大型化しているが、持ち運びに便利なタブレットも同時に使えるように開発出来そうな気がするがどうなのか。

これにスマホの進歩がどう絡んで来るのか。

 いずれにしてもpcもタブレットも道具なのだから扱いやすいのが1番だろう。

壊れて修復に四苦八苦して回復に時間と労力を取られていては、肝心の仕事の生産性が落ちてしまう。

 データバックアップ、買い替え、pcシステム、アプリの引っ越しコスパや手軽さなどがポイントになりそうな気がするのは、自分が年をとって安きを重視するようになったからだろうなとしみじみ思い知らされた。


 

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この句何? 住所氏名句 川柳擬き [詩歌]

 


 


 新聞の日曜歌(俳)壇をたまに見るが、いつも皆さん良い句を作るものだと感心しながら読むことが多い。しかし今回書きたいのは投句のことではない。 


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 先日、投稿者の住所、氏名を見てびっくりした。何と俳句になっているではないか。


 茨城県 つくばみらい市 美川鮎


 栃木県 那須塩原市 山田美穗 


 


 投稿句自体は覚えて無い。作者の住所氏名が投句と「付いて」いたかどうか考えなかったが、良句だなと思ったことは記憶にある。


 それよりも住所氏名句ともいうべきこちら方が印象に残った。茨城県は字余りだが違和感はない。氏名は仮名に変えたけれど、実名の方も季語(に近い語と言うべきか)が入っている。


 子規の母親のつぶやき句 「毎年よ彼岸の入りに寒いのは」を思い起こした。


 俳句に土地が詠みこまれることはしばしばある。例えば「象潟や雨に西施がねぶの花」 芭蕉 などだ。名句であればその土地が歌枕になる。


 土地名の入った句は、読む人、詠む人それぞれに関わりがあったり、何らかの思いがあるとさまざまな感慨をもたらすから、詩ともなるのだろう。


 しかし、住所氏名が読みようによっては、俳句のようなものになるとは思いもよらなかった。


 


 住所氏名句と名づけ作ってみた。無理矢理作る工事俳句になるのはやむを得ないが、日本の地名、苗字、名前は多彩なので、定型の強味もあっていくらでも出来そう。


 東京都 中野区江古田 町さくら


 東京都 西東京市 曾良ひばり


 東京都 足立区綾瀬 峰春香 


 東京都 中野区野方 谷百合子 


 北海道 北広島市 波多野雪 


 秋田県 由利本荘市 星野美佳


 愛知県 尾張旭市 向笠菊


 兵庫県 南あわじ市 櫂洋子


 鳥取県 奥出雲町 山路佳奈 (哉)


 大分県 豊後高田市 篠冬美


 香川県 東かがわ市 梶航 (わたる)


 


 やってみると中七がなかなかない。平成の大合併で生まれた市の字数が多いが、古い市は比較的短い。足立区綾瀬、中野区新井のような町名を入れるなど一工夫がいるか。中野白鷺はNGか?関係無いことだが、区を省略すると郵便が届くか心配。なれど、もとより地番はないから考え過ぎか。


 上五多少の字余りは目をつぶろう。郵便の宛先を真似て市、区部名から始めれば、町名や字名まで入れられて自由度が増す。しかし知らない市町村名だと、何処の都道府県かわからず土地のイメージが湧かない。


 滋賀県のような四文字が困る。住所だから滋賀県の〜、滋賀県や〜とするわけにいかない。ついでながら、切りが体言止めだけなのが辛い。佳奈(哉)さんを多用するしかない。


 句の調べは何とかなっても、格調は心許ないし、都道府県から始まるのでは句柄が小さいのは致し方無かろう。大きくするには国際郵便の日本国でも使うしかない。


 日本国 名古屋瑞穂区  城さくら


 郡、町、字名をうまく折り込めば面白そうだが、住んだ人でもないと多くを知らないのが難である。しかし逆に言えば、その地に詳しい人が詠めば良句が出来る可能性がある。


 ちなみに自分が住んだことのある地などの、いわば縁ある地を読み込んだ住所氏名句。


 


 大阪市 北御堂筋 伊調ナミ


 大阪府 箕面市南 滝涼ニ


 新潟市 松波町 日向美帆


 福岡市 天神東 梅木翔


 福岡市 博多区中洲 杜詩郎(もり しろう)


 栃木県 烏山町 境麻衣


 栃木県 那須烏山市 簗鮎美


 大分市 中島東 社宅 (やしろ たく)


 文京区 茗荷谷下 門司学


 


 北御堂筋、箕面市南の北、南などは苦しまぎれの地名じっさいにあるかどうかは知らない。


 名前はキラキラネームや芸名、ペンネーム、四股名などを上手く使えれば味が出るかも知れない。一字ニ音苗字、一字三音の名前などを上手に(詩的に)使いたいものだ。


 住所も氏名も季節を表せるものが良いが、どうしても限られる。


 都道府県、市町村、字名で季節感のあるものは北海道、秋田県、青森県、鹿児島市、春日部市など稀である。


 世田谷区 桜上水ハナ肇


 季節感はあるが、川柳擬きになった。


 願わくば作者の読んだ俳句とその作者の住所氏名句が付いていたら申し分無いが難しそう。


 住所氏名の十七文字の後に七、七の長句を付けて短歌にする方がやりやすく、面白いかも知れないと詩想ならぬ妄想が膨らむ。


 


 今年2022年5月には「含笑句」なるものを捻り出した。「住所氏名句」は、今年二つ目の仰天俳句(びっくり句)である。


 


 この句何?川柳擬き含笑句


 https://toshiro5.blog.ss-blog.jp/2022-05-21


 


 なお、今回作った住所氏名句の名前は仮名だが、もしかして実在する可能性もあるので、その時はお遊び、戯れ事につき乞う御容赦である。


 住所氏名句と含笑句はともに俳句をめざすが、まだまだ川柳擬きの域を脱していない。


 


 


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